ミックスはEQ/コンプだけじゃない!「ステレオイメージ」を 完 全 理 解 してプロの音へ
作曲からミックスまでを一人で完結するのがスタンダードになって久しい昨今。DTM初心者~中級者にとっては、ミックスについて人それぞれ言うことが違って、何が正しいのか分からないという状況に陥りがちです。
そんな迷える人々を導いてくれる「理論」に沿って、ミックスについて解説していきます。
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気付けば半年が過ぎた理詰めで学ぶミックス講座シリーズ第三弾。今回は、第一回で紹介した「音」の三要素の一つ、ステレオイメージについて掘り下げていきます。
ステレオイメージとは
「ステレオイメージ」に対して、あなたは真剣に向き合ったことはありますか?
DTMerにとってはミキサー画面のパンが最も身近な存在ですが、ステレオ感を広げるステレオエンハンサー/イメージャーを活用している方も多いでしょう。
普段何気なく使っているこれらのツールですが、より効果的に扱えるようになるために、またはトリックとして活用できるように、その原理を理解しましょう。
ステレオイメージは、定位を司る2つのメカニズムと広がり感を司る2つのメカニズムで成り立ちます。
これらを個別に理解することで、「楽器が埋もれてしまう」「なぜかこの楽器がオケに浮いてしまう」といった悩みに対処できるようになります。
第一回でも触れたように、ステレオイメージはある種「最も簡単に楽器の住み分けができる」便利な存在です。
また、楽曲のフレーズ/展開作りにも有用で、代表的な例では Green Day の American Idiot のようにモノラルとステレオを行き来させることで、強いメリハリをつけています。
簡単な例として、盛り上げたい部分の前をモノラルにしてあげるだけで、曲が展開したように感じさせることができます。
また、フィルターやミュートを組み合わせるなど他の要素と合わせ技にすることで、楽譜や楽器に頼ることなく明確に展開させることができます。
パンニングでバランスさせる基本テクニック
細かな解説をしていく前に、ステレオフィールドを活用したミックスにおいて基本的なテクニックをおさらいしましょう。
自然なミックスを目指していくためには、特性が同じトラック同士を反対に配置することが重要です。以下は悪い例として、左に低域が強めのトラック、右に高域が強めのトラックを配置しています。
次は周波数特性のバランスがなるべく均等になるように配置した例です。わかりやすさを重視して完全にパンを振り切っているため、まだまだ違和感はありますが、少なくとも先ほどのトラックよりも良いバランスに聞こえるはずです。
このように、周波数の特性やダイナミクスの特性(パーカッシブなのか否か)が左右均等になるようにパンニングすることで、ミックスとしてバランスの良い物に仕上げることができます。
また、なるべく楽器を左右に振り分けるようにすることで、センターに空間が生まれ、ボーカルトラックなどがよりクリアに聞こえるようになります。
定位を司る2つのメカニズム
定位とは、音がどこから鳴っているのかを知覚するものです。
普段生活している中でも、様々な音がどの方向から発せられているのかを無意識のうちに認識していることでしょう。
定位を司る2つのメカニズムは、「音量差」と「時間差」です。
※周波数特性による定位の知覚として“頭部伝達関数(HRTF)”も知られていますが、特性上感じ方の個人差が大きいため、本稿では扱いません。
両耳間音量差(ILD)
両耳間強度差(IID)とも呼ばれるものですが、簡単に言えばミキサーのパンにあたるものです。
右耳に比べて左耳の音が大きければ、人間は左から音が鳴っているように聞こえる、という現象です。
先ずは何も処理を施していない、元のトラックをお聴きください。
次に、スネアの右チャンネルだけ音量を下げた例です。
音楽制作に携わる方であれば当たり前に感じることと思いますが、ことステレオミックスでは最も基本的で最も重要な特性です。
ただし、この後に解説する両耳間時間差と比較すると、定位の解像度感は低いことに注意しましょう。普段生活している上では左右の音量差はごく僅かであり、「右チャンネルを何dB落としたから左45度に定位するはずだ」といった計算式はありません。
マイキングで言えば、単一指向性マイクを同じ位置で90度交差させるXY方式や、センター成分とサイド成分を分けて収録するMS方式がこの現象を強く反映します。
両耳間時間差(ITD)
音源が左にあった場合、右耳よりも左耳の方がほんの少し早く音が届くため、左から音が鳴っているように聞こえる、という現象です。
この差は0.5ミリ秒以下という非常に微妙な差ですが、人間はこの差を敏感に知覚します。
以下の例では面白い事に、左右のレベルは全く一緒なのに明確に「左から聞こえる」ことを体感いただけると思います。スネアの右チャンネルのみを0.5ミリ秒遅らせたものです。
人間の耳はこの時、位相差を感じ取っています。そのため、波長が長く位相差が現れづらい低音域では方向を判別し辛くなります。以下の例は200Hzのローパスフィルタを掛けたキックで、こちらも同じく右チャンネルのみを0.5ミリ秒遅らせています。
これとは逆に、波長が短すぎる高音域でも方向を判別し辛くなります。数kHz以上になると、左右の耳に到達するまでの間に位相が回りきってしまいます。以下の例は3kHzのハイパスフィルタを掛けたスネアで、同じく右チャンネルのみを0.5秒遅らせています。
最後に、200Hzのハイパスフィルタと、3kHzのローパスフィルタを掛けたスネアをお聞きください。こちらは比較して鮮明に定位することが感じられると思います。
位相をずらす分、実際のミックスでは扱い辛い特性ではありますが、音量差以外で定位を感じ取る要素として理解しておくことが重要です。
実際のミックスにおいては、両耳間時間差によって定位しているトラックがあった場合には、位相の関係性を崩さないように配慮していくことが必要になります。
マイキングで言えば、人間の耳の距離に近い17cm離してマイキングするORTF方式がこの現象を強く反映します。
広がり感を司る2つのメカニズム
広がり感とは、ここでは人の頭部由来の物理特性を除いた知覚現象、つまり具体的な定位に関わらないものを扱います。
普段生活している中でも、救急車のサイレンの音がどこから鳴っているのかが瞬時に判断できないといった、方向を見失ってしまう経験があると思います。
広がり感を司る2つのメカニズムは、「先行音効果」と「左右相関性」です。
先行音効果
両耳間時間差の0.5ミリ秒よりも大きい、50ミリ秒以下の時間差によって発生する現象です。
両耳の距離に応じた時間差とは別に、先に聞こえた方向の音が音源であると認識するもので、比較的定位感は薄いながらもその方向に引っ張られるような感覚を覚えます。
その特性から、アタックやリリースではおおよその方向を知覚するものの、サステインではどちらから聞こえているのかを判別できません。
以下の例では、右チャンネルのみを20ミリ秒遅らせています。
定位感もありながら、両耳間時間差にはなかった広がり感といえるような要素も含まれていることがお分かりいただけると思います。
マイキングで言えば、1m程度マイクを離したAB方式や左右のマイクを2m離したデッカツリー、これに付随して更に左右を広く配置したアウトリガーがこの現象を強く反映します。
ストリングス音源などでマイクミックスが可能な場合、クローズマイクと合わせることで定位が不安定になる場合は、クローズマイクの音が先行音効果を阻害してしまっている可能性があります。
左右相関性
左右から聞こえる音の相関性が薄ければ薄いほど広がりを感じる現象です。
DTMerに馴染みのある代表的なテクニックで言えば、同じフレーズを2回弾いて左右にパンニングさせたダブルトラッキング・ギターで、冒頭の American Idiot でも楽曲全体に渡って活用されています。
以下の例では、スネアの右チャンネルにだけビットクラッシャーを適用しています。実際にこのように処理をするかは別として、相関性を薄めることで広がり感が出るということを体感いただけると思います。
左右の音が違えば違うほど広がりを感じるため、理論的にはランダムなノイズ波形を左右別々に再生することで最も強い広がり感が得られます。
ダブルトラッキングギターにおいて一つのギタートラックに左右別々のエフェクトを掛けるのではなく、同じフレーズを2度録音する必要があるのは、左右の相関性を崩すことによって大きな広がり感が得られるためです。
ミックスが思ったように広がらないという時には、ステレオイメージャーで強引に広げるだけでなく、左右の相関性を薄めていくアプローチも検討していきましょう。
違和感ポイント
人間は、普段生活している上で聞き慣れない音に対して、違和感を覚えます。
ステレオイメージに由来する違和感ポイントを抑えることで、自然に聞こえさせたり、特定の音をミックスに馴染ませたり、これを逆手に取って目立たせることもできるでしょう。
低音は定位しない
キックやベースといった低音楽器は、パンニングさせないのが鉄則とされています。
その理由は、低音は波長が長いために両耳間時間差で重要な位相差が生まれ辛いことと、波長が長いほどより良く回析する(頭を回り込む)ために両耳感音量差が生まれ辛く、結果的に実生活では定位しないためです。
スピーカーであればまだしも、イヤホンやヘッドホンで片耳だけに低音が入り込んだ場合、人間は強い違和感を覚えます。
このため、自然なサウンドを目指したい場合は、低域はモノラルになるように音作り/ミックスしていくことが重要です。
そのためのソリューションとして、NUGEN Audio『MONOFILTER』のような専門のプラグインが登場するに至っています。
その違和感を逆手にとり、コーラスのような揺れモノを駆使しながら積極的なサウンドメイクを試みる動きも見られます。
ベースサウンドが命となるベースハウスや、破壊的なサウンドメイクを指向するハイパーポップなどで顕著に見られ、楽曲に華を添えています。
勿論、低音では位相キャンセルの問題が付きものであるため、緻密な計算の上で成り立つ絶妙なバランスを見出す必要があることに注意してください。
生活に「モノラル」は存在しない
DAW上では当たり前の存在であるモノラルですが、こと一般生活において完全にモノラルで聞こえてくる音は殆ど存在しません。
これもまた、スピーカーであればまだしも、イヤホンやヘッドホンで強い違和感を覚える要素です。
このため、自然なサウンドを目指したい場合はステレオイメージャーやコーラス/フェイザー、リバーブエフェクトを使って完全なモノラルにしないようにする、又は録音時点でステレオマイキングをすることが重要です。
多くのDTMerが悩むであろう、ボーカルが上手くオケに馴染まない問題はこれが原因であることも少なくありません。以下の例では、メロディを奏でるシンセサイザーをモノラルのままセンターに配置しています。
以下の例の様にリバーブを掛けることで解決しようと試みますが、あまり効果が得られなかったり、望まない残響成分に悩まされることも多いでしょう。以下の例では、濃い目にリバーブを掛けていますが、馴染みきってはいません。
この場合、リバーブ以外の広がり感(定位のぼかし)を与える、ステレオイメージャーやコーラス/フェイザーのようなエフェクトが有効な場合があります。
ステレオイメージャーが手元の環境になかったため、以下の例ではフェイザーを代用しています。
何故か上手く混ざらないというときは、「ステレオイメージ」という次元で馴染ませることができているかを確認してみてください。
さいごに
第三回となる本稿、いかがでしたでしょうか?
コンプ/EQが花形とされるミックス分野において、ステレオイメージの重要性を感じていただけたかと思います。
また、昨今の音源では当たり前となっているマルチマイクの効用についても、「定位」と「広がり感」の違いを明確に区別していただいた上で、改めて副作用に対しても目を向けていただく転機となれば嬉しいです。
実は、LEAPWING AUDIO社のステレオイメージャー『STAGEONE』(現在の『STAGEONE 2』)は筆者にとっても転機となる存在で、その存在を知ってからは弊社での取扱いに向けて強く働きかけました(その熱意を快く受け入れてくれた同社に深く感謝しています)。
『STAGEONE』は「モノラルをステレオ化する」と「ステレオの音を更に広げる」を個別にコントロールでき、モノラルトラックを自然に馴染ませたい時にも、ステレオトラックの中央にスペースを空けたい時にも副作用を抑えながら対応することができます。
本稿をご覧いただいた皆様には、お手持ちのプラグインでも実践いただきながら、是非『STAGEONE 2』の価値もご堪能いただければと願っております。
第四回は、引き続き音の三要素について掘り下げて解説していく予定です。お楽しみに!
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