最高峰リミッターの開発者に聞く!ストリーミング時代のマスタリングの極意
2024年7月30日(火)からSONICWIREで取扱いを開始した、アメリカに拠点を置くデベロッパー「Musik Hack」社。
業界最高峰クラスのマスタリング・ツールとして登場した『MASTER PLAN』を展開しており、全体のイコライジング、マルチバンドコンプ、音の質感、トゥルーピーク処理、リミッター…。それら「マスタリング」の全てをオールインワンにまとめただけでなく、そのどれもが高い性能を誇る優秀なプラグインです。
特にマスタリングの肝でもあるリミッターは、複数のアルゴリズムを組み合わせることで「透明感を維持したまま高いラウドネス(≒音圧)を実現する」仕様であり、高い音圧が求められるシーンも多い日本リージョンにもぴったりな製品と言えるでしょう。
今回はMusik Hack社の共同設立者であるSam Fischmannさんに、オールインワン・ツール『MASTER PLAN』はどのようにして生まれたのか、そして現代のマスタリングを取り巻く状況について開発者の視点から伺いながら、この「オールインワン・ツール」をどう駆使していくべきかを伺います。
—— まずは、Samさんのこれまでの経歴をお伺いしたいです。
Samさん:
最初はMS-DOSのサウンドボード「Sound Blaster」で、Voyetraを使いMIDIアレンジを作っていました。10代の頃にはアナログのホームスタジオでインターンとして働き、AMPEXカセットテープからADATへの変換、ハードディスクレコーダーへの移行をお手伝いしたり…。カリフォルニア大学サンタバーバラ校ではクラシックとコンピューター音楽の作曲を勉強していました。思い返してみれば、人生の大半を「音楽技術」に費やしてきた人生だなと思います。
その後はしばらくの間、組込みシステムの業界で簡単なソフトウェア・コーディングと設計について学びましたが、パンデミックを経て、「アーティストやエンジニアが、自らの表現をいかに忠実に再現できるか」をサポートしたいと決意し、当時の仕事を辞めて音楽ソフトウェアを作り始めました。
—— もともとエンジニアの業界にも精通していらっしゃったんですね。「Musik Hack」を創業したきっかけは何だったんでしょうか?
Samさん:
ロサンゼルスのプロダクション・キャンプで私が作ったプラグインを披露する機会があったのですが、当時の友人が現在の同僚であるStan Greeneを紹介してくれたんです。せっかくなので彼にプラグインを送って、試してもらうことにしました。
それがきっかけで私たちは友達になり、現在の『MASTER PLAN』へ繋がる製品のアイデアを私に話してくれました。後に「Musik Hack」を設立し、日夜の研究とシグナル・チェーンの再構成を経て、この製品をリリースすることができました!
—— なるほど。Stanさんも、音楽関係のエンジニアをされているのですか?
Samさん:
ええ。グラミー賞に2度ノミネートされたエンジニアで、音楽制作とアーティストのプロデュースに10年以上携わってきました。ノース・ハリウッドの「Larrabee Sound Studios」では、Manny Marroquinのミックス・アシスタントを2年間務めていました。
その後は自身のスタジオを立ち上げ、ビルボードで1位を獲得したRihannaの『Anti』、Big Seans『Dark Sky Paradise』、Walesの『The Album About Nothing』、マルチ・プラチナ・シングルとなったO. T. Genasisの『CoCo』、『Cut It』、『Push It』、Jaden Smithの『Icon』など、様々なプロジェクトのレコードをミックスした実績を持ちます。
Musik Hackにおいては、人間工学に基づいた最高のサウンドを実現するように、日々製品と研究の改良に取り組んでくれています!
—— Musik Hackには、他にもメンバーがいらっしゃるのでしょうか?
Samさん:
経理を担当してくれているAlex Arutianは、社内ツールのセットアップやウェブ・バックエンドのセットアップ、ビジネスを軌道に乗せるためのプランニングをサポートしてくれている他、ソフトウェアのUI/UXデザインも手伝ってくれています。
—— ここからは『MASTER PLAN』についてお伺いします。まず、市場には多くのリミッター・プラグインがありますが、それらはどういったものなのでしょうか?
Samさん:
現在市場に出回っているリミッターのアプローチはそれぞれ違いますし、各プラグインがメリット/デメリットを兼ね備えています。
クリッパー&ソフトクリッパーを組み合わせた古典的なリミッターもありますし、トラック単体のコントロールを繊細に行う必要があるものもある。さらに言えば、トラックのサウンドを大幅に変化させる「カラフル」なものもあれば、サウンドを全く変えずにラウドネスを上げようとする「透明」なものもあります。リミッターはまさに「多彩なパレット」とも言えるかもしれません。
—— Samさんから見て、「良いリミッター」と「悪いリミッター」の違いは何だと思いますか?
Samさん:
前提として、どんなに優れたリミッターでも、少なからず問題は発生します。「悪いリミッター」はそういった問題をすぐに露呈しますが、「良いリミッター」はその問題をうまく隠せる、という点が違いと言えるでしょう。リミッターで一般的に「問題」とされる点は、次のようなものがあります。
リミッターにおける典型的な問題
- ダッキングによりトランジェントのインパクトが弱まり、鈍く平坦なサウンドになってしまう。
- リリース・タイムが遅すぎる場合にトラックが膨らんでしまい、例えばドラムの打音の後に音量が戻る「リリース」の音に違和感が生じてしまう。
- リリース・タイムが速すぎると、リミッターが計算しているゲインに乱れが生じ、歪みが生じてしまう。
- ソフト・クリッピングやハード・クリッピングを含むリミッターの場合、悪いリミッターではサウンドが過剰になってしまったり、すぐに歪んだりしてしまう(低音で特に顕著)。
- マルチバンド・コンプレッションを含むリミッターの場合、音が鳴るたびに意図しない音色の変化を生んでしまう可能性がある。
特に「2.」の問題についてはトラックのリズムを邪魔してしまいますし、テンポに合わせたリリースタイムを設定すると、今度はリズムを強調しすぎてしまうかもしれません。プロダクションにおいてはテクニックの1つとも言えますが、マスタリングのフローにおいては意識したくないポイントです。
—— それらを踏まえて、『MASTER PLAN』はどんなツールなのでしょうか?
Samさん:
『MASTER PLAN』は「ラウドネスを増加させる」ことに重きを置いているので、リミッティング時に発生する様々な問題を想定して作られています。
最上段のコントロール(In / Out)はどんなリミッターにも搭載されている機能ですが、中段にはEQとしてお使いいただけるトーンコントロール(Low / Mid / High)や、透明感のあるリミッティングを行う「Loud」、位相を損ねない音像の調整が可能な「Wide」コントロールといった、本製品の要となる機能が並んでいます。
その下には複数のサチュレーションや中低域&高域のクリーンアップ、マルチバンドコンプやグルーコンプ、電話やモノラルスピーカーなどの様々な環境を想定した出音をチェックするためのツールを備えています。
さらに最下部のディスプレイには、マスタリングには欠かせない情報を全て可視化したメーター、さらにGUI右上にはトゥルーピーク処理を行う「True Peak」ボタンや、エフェクト適用時の音量変化を抑え(ゲインマッチ)、処理の結果を正確に把握するための「Unity」ボタンなどを搭載しています。
—— 『MASTER PLAN』と他のリミッターの違いは何ですか?
Samさん:
『MASTER PLAN』は、入力信号を見ながら「クリッピング」と「リミッティング」を自動で切り替えて、常に最適化しています。これにより、ラウドネスを上げつつも透明感のあるサウンドを得ることができるのです。そのため、基本は1つのノブを回すだけで、他のリミッターよりもラウドネスが大きく、かつクリーンなリミッティング結果が得られます。
他のコントロールについては、「大音量になったサウンドで何をするか」ということを意識しながら調整するのがベストです。ラウドネスを大きくすると、そのトラック特有の新たな問題が浮かび上がってきます。『MASTER PLAN』には不要で複雑なコントロールを一切搭載していないので、それを解決するのに費やす時間を最小化できるでしょう。
—— 『MASTER PLAN』を使う上で、ユーザーが気をつけるべきことや心得ておくことはありますか?
Samさん:
『MASTER PLAN』は、優れたサウンドを素早く作り上げるために作られています。ラウドネスの数値やトゥルーピークと言った、「テクニカルな目標」や「数値上の正解」を重視するよりも、実際に自分の耳で「トラックを聴くこと」を奨励しています。これは我々の哲学でもあるのですが、「良い音であればOK」なのです!
これは我々だけでなく、最高レベルのマスタリング・エンジニアですら念頭に置いているアプローチです。彼らは常に、サウンドのワークフローを最高の形でデザインし、各トラックを再生しながら「音を良くする」ためのやり方を感じ取っています。
ボタンやツマミを大量に持つ複雑なプラグインに時間を費やしても、あなたの音楽が良くなることはありません。むしろその時間を使って沢山の音楽をインプットした方が遥かに効果的でしょう。
しかし『MASTER PLAN』は違います。パラメーターを1つずつ試すことで各コントロールの動きを知っていただければ、あとはそれに合わせて調整するだけ。パラメーターを全て使う必要もありません。必要な分だけ使用すれば良いのです。あなたの作品を良い音楽にするためには、「正しいサウンドがどんなものか」という感覚を養うことが非常に重要です。
—— 『MASTER PLAN』では、出力レベルを-0.1dB以上に設定できないようになっていますが、それは何故ですか?
Samさん:
アウトプットのゲインに少し余裕を持たせておけば、意図しない再生環境や安価なDACにおいても適切な音で再生される可能性が上がります。トゥルーピークが注目される前は、-0.1dBがプロのマスタリングで使われるスタンダードな出力レベルであったことが理由です。
—— トゥルーピーク処理を自動で行ってくれる「True Peak」ボタンは、どのような場合に有効にすべきでしょうか?
Samさん:
クライアントから技術的な要件を提示されない限りは(ストリーミング・サービスのガイドラインは除く)、このボタンが必要になることは無いでしょう。マスタリングをする人の意見や好みの問題とも言えますね!
必要だと言う人がいることも理解していますが、実際のところハイレベルなマスタリング・エンジニアの大半は、トゥルーピーク・レベルを気にしていません。あえてこのボタンを使わずにトラックをマスタリングした上で、.m4aと.mp3の両方に変換してみるのが良いかもしれません。Macをお使いであれば、Apple Audio Mastering Toolsをプラグインとして使って、同じような要領でDAWの中で直接チェックできます。圧縮されたトラックを聴いてみて特に問題がなければ、「True Peak」を有効にする必要はありません。
技術的な観点から異論がある方もいるかもしれませんが、トラックを.mp3や.aacに変換し、マスタリング・エンジニアやプロデューサーがそれを聴いて問題がないと感じるなら、不要な懸念を持つ必要はないと我々は考えています。
—— ディザリング機能は『MASTER PLAN』に含まれていますか?
Samさん:
いいえ、含まれていません。16ビットのPCMをエクスポートするのでなければ、特に必要ないと考えています。昨今のDAWであれば、すでに良質なディザリング・アルゴリズムが搭載されていますし、アルゴリズムの違いによるクオリティの差は、たとえプロであってもほぼ聞き分けられないようなものです。「ディザリングを行う」という決断はミックスに大きな影響を与えることすらあるので、まずはミックスに集中することが先決と言えます!
—— ラウドネスの大きさについては、ユーザーの間でもしばしば議論がなされています。マスタリングにおいて、ラウドネスはどの程度が適切だと思いますか?
Samさん:
「適切なラウドネス」は、マスタリングをする音楽のジャンルやタイプによって違います!
「Unity」ボタンを有効にすればゲインマッチが有効になりますので、まずはこれをオンにした状態で歪みを発生させない範囲でボリュームを上げてください。次にそのまま、「Bypass」ボタンのオン・オフを切り替えてみます。もし特にサウンドの違いが無い、または違いが気にならないのであれば、それはラウドネスがトラックを傷つけていないということです。そのくらいの音量でも良いですし、もっと小さくしても良いでしょう。
ストリーミングサービスで基準として定められた「LUFS」レベルを達成することは、そこまで重要ではありません。よりラウドなミックスの方が、より幅広いリスニング環境でより良いパフォーマンスを発揮します。「Unity」ボタンをオンにしても違和感のないサウンドになるのであれば、ストリーミングサービスがあなたのトラックの音量を下げたとしても、トラック自体の音質が著しく下がるようなことはありません。
—— 「Tape」ボタンを使用すると、アナログテープ感のあるサチュレーションが加わります。これは実際のテープ・マシンをベースにした処理なのでしょうか?
Samさん:
その通りです!膨大な数のテープ・マシンとシミュレーションを聴いて「人々はテープ・サチュレーションに何を求めているのか?」を自問した結果、ほとんどの人が「ローエンドを引き締めるか、ハイエンドを暖かくするためにテープ・サチュレーションを使用している」ことが分かったんです。
そこで、様々なテープ機器から最もこの用途に適したトーンの組み合わせを見つけ、最適な形に整えた上で『MASTER PLAN』に搭載しています。
—— 『MASTER PLAN』には、手軽にマルチバンドコンプを調整できる「Multi」モードが搭載されていますね。おすすめの使い方を教えてください!
Samさん:
サウンドが大音量になった時の、音色のアンバランスの修正に使用するのがオススメです。他にも特定の周波数帯域に対して、数dBだけ音量を追加したい時にも使えます。しかしラウドネスを求めるあまりに設定を誤ると、サウンドの「インパクト」を犠牲にしてしまうので注意が必要です。
低域をクリーンアップする「Clean」を有効にしても音に違和感を覚える場合は、ハイ・バンド(高域)かミッド・バンド(中域)のコンプを調整してみてください。リミッティング時で音が崩れる場合は、ロー・バンド(低域)の調整がおすすめです。
—— 最後に、日本のクリエイターにコメントをお願いします!
Samさん:
『MASTER PLAN』は、創造性を損なわずに「耳で聴く」マスタリングを最適化したという点で、私たちはもちろん、多くのクリエイターのマスタリングフローを変えたと自信を持っています。『MASTER PLAN』を日本の皆さんにお届けできることがとても楽しみです!
あなたの音楽の最高の部分を、本製品を使って引き出していただけると幸いです。『MASTER PLAN』を使って作った作品をぜひ聴かせてください!
Samさん、ありがとうございました!
『MASTER PLAN』は、2024年8月20日(火)までの期間限定で、30%のイントロセールを開催中です。
プロ・アマを問わず、マスタリングという工程の革命児とも言える本製品を、ぜひあなたの作品づくりのフローに加えてみてはいかがでしょうか!
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