SONICWIRE

川井 憲次 氏

CINEMATIC PRODUCT INTERVIEW / Presented by Crypton Future Media, INC.

日々、新しい製品がリリースされているソフトウェア音源/サンプルパックの中で、近年急激にラインナップが充実し、一つのカテゴリとして確立した"シネマティック製品"。映画/ゲーム/舞台などのサウンドトラック制作に適したサウンドを収録するシネマティック製品によって、様々な映像作品を彩る"劇伴"音楽が生み出されています。今回は、数多くの劇伴音楽を手掛けてきた作曲家 川井憲次氏に、ギター少年だった氏が1台のシンセによる自宅録音を経て劇伴音楽を手掛けるようになった経緯や、使用されているシネマティック製品の感想、そして劇伴音楽の制作において常に意識されている点について聞いた。(2013年11月)

改めて、音楽経歴からご紹介いただけますか?

中学生時代からギターを弾き始めて、高校で初めてエレキギターでシカゴの曲をコピーして。文化祭でサンタナとかのコピーバンドをやったり。慶応大学の人たちがメインで作っていた音楽サークルがあって、そこにも所属していたんですよ。大学に入ってからは、軽音楽部で同級生たちとバンドを組んで、コピーをしたりしていました。鍵盤は家にあった電動オルガンに触ったくらいでした。

その頃は生粋のバンドマンだったんですね。

えぇ、それともう一個バンドをやっていて、そっちではドラムをやっていたんですよ。ドラムをやりたくて軽音楽部に入って、ハードロックをやっていました。最初、軽音楽部ではギターを弾くことを黙っていたんですけど、先輩に「なんだ川井ギター弾けんじゃん、何で黙ってたんだよ」ってバレまして(笑)ギターとドラムを続けてました。タムなんかは今でも時々自分で叩いて録ることもあるんですけど、ドラムセットはほとんど触ってないですね。

その後、自ら楽曲の制作を行うようになるまでにはどういった経緯があったのでしょうか?

大学を中退してから、「このままでは将来が不安」って話になって、友達から教職が取れるって聞いて音楽の専門学校にいったんです。でも、これがものの見事に遊んでしまって全然駄目で(笑)まともに授業も出ないで遊んでばっかりいたんですね。そうしているうちに、軽音楽部で最後にやっていた先輩たちと組んでいたバンドが母体になって続けていたバンドで、あるコンテストに優勝したんです。そのコンテストにバンドで出場したのがオリジナル曲だったんですよ。まさか優勝なんてするわけがないって軽い気持ちで出たら優勝してしまって、「プロデビューしないか?」ってお話をキャニオンレコード(現「株式会社ポニーキャニオン」)さんからいただいて。ただ経験が必要だからいろんな仕事をして実績をつけろ、と当時のディレクターの方から言われたんです。

それで、「バンドでできる仕事ってなんだろう?」と考えたら、録音の仕事だとかそういうのをやってみたらいいんじゃないかと思って、バンドのデモテープを持ってあちこちのCM制作会社を周ったんです。バンドを作ったのが僕だったので、その責任上僕がやらないと駄目だなって思って。結構周ったんですけど、やっぱりそんな持ち込みのテープなんてまともに聞いてくれませんからね。ちゃんと取り合ってくれたのは数社で、そのうちの2社くらいの方にお会いして、いくつか仕事をいただくことができたんですね。もちろんバンドとして飛びぬけて上手かったわけでもないし、個人個人もスタジオミュージシャンのレベルまでには至ってないんじゃないかってことになって、みんなそれぞれ一生懸命練習したりしていました。でもそうやっているうちに、段々バンドで受ける仕事というよりは、僕の曲を使ってくれるっていう仕事になってきたんです。

お一人で仕事をされ始めてから、今のご活躍の場である劇伴制作をはじめられるようになったきっかけというのは?

そのきっかけが非常に曖昧なんですけど、元エレックレコードの社長さんで浅沼勇さんという方がいまして、その方を紹介していただいたんですよ。で「君達はどんなことやりたいんだ」みたいなとこから始まって。で、浅沼さんがやっていた深野義和さんというシンガーソングライターのバックバンドをやったらいいじゃないかと言われて、僕らのバンドごとバックバンドで入ったんです。深野さんとも仲良くなって、深野さんが楽曲を提供しているアーティストのバックバンドをやったりとか、今アリスのドラムをやっている矢沢透さんという方が年中うちに来てはデモ作ったりとか、そういうことをやっていたんです。そのうちの一人が声優の三ツ矢雄二さんだったんですよ。

三ツ矢さんともすごく仲良くなって「憲ちゃん、今度僕の芝居の音楽やってよ」って話になって、お芝居の音楽を作ったんです。全部宅録で、シンセでやったんです。で、そのお芝居を見に来ていた音響制作会社の方に「今度うちの社長に会って欲しい」と言っていただいて。それで会わせていただいたのが、オムニバスプロモーションという音響制作会社の斯波重治さんという音響監督だったんです。斯波さんからも仕事をいくつか頂いて全部宅録でこなしていたんですけど、その中の一本が押井さんの「紅い眼鏡」(1987年上映、監督:押井守)だったんです。それが今に繋がるきっかけだったんですね。なんで僕が便利だったかって言うと、完パケまで安くつくれるから。音質はともかく安くつくれるからだったんです。

その頃は、どのような環境で制作されていたんですか?

一人で仕事をするようになった最初の頃は、バンドで周っている頃に買ったKORG のPOLY-61というシンセと、Rhodes でやってました。専門学校に入るときにピアノが弾けないと入学できないというのでピアノを買わないといけなかったんです。なんせ、家にオルガンしかないから(笑)そこで、何を考えたのかRhodes を買っちゃって、鍵盤だから一緒だろうみたいな(笑)88鍵のやつを買ったんです、わざわざ。邪道ですよね、オルガンとRhodes。そのRhodesは今でもあります。

自分ではそんなにシンセとかたくさんは持っていなかったので、マニュピレータの方を呼んで、QXの打ち込んだデータを変換して渡して、マニュピレータさんのシンセを鳴らしてました。最初の頃はマニピュレート専門の方じゃなくて、作曲家の大森 俊之君にお願いしていたんですよ。「めぞん一刻」とか「紅い眼鏡」とかは大森君がマニュピレートをやってたんです、実は。当時、松武 秀樹 さんみたいな方はいらっしゃいましたが、マニュピレータ専門っていう方はほとんどいなかったんですよ。1996年とか、それくらいから自分のところに機材が増えていって、マニピュレータさんに頼まずに自分でやるようになっていきました。

制作にコンピュータを使い始めたのはいつごろですか?また、その用途はどのようなものでしょうか?

実はうんと遅いんです。もうギリギリまでQX3(YAMAHA のMIDI シーケンサ)を使ってまして。周りはみんなPerformer とかになっていたんですけど。QXとかROLANDのMC-8とかで頑張ってた人もいましたが、僕がコンピュータを使い始めたのは2000年とかになってからですね。粘ったんです(笑)友達に「何がいいの?」って聞いたら、「QXと同じような感覚で使うんだったら」って薦められたのがDigital Performer でした。薦められるがままにDigital Performer を使い始めて、今もずっとです。

では、コンピュータを使い始めてから、ソフト音源を導入されたのはいつ頃ですか?

コンピュータに最初に入れたのは、MachFive でしたね。でも、どうやって使うのか全然わからなくて、結局ほとんど外部のハード音源を鳴らしていました。ほんとにQX3からDigital Performerに替わっただけっていう、そういう使い方でしたね。

導入されてからもほとんど触っていなかったソフト音源を積極的に使用されるようになった頃というのは覚えていらっしゃいますか?

実はその辺の記憶も曖昧で(笑)MachFive 2になってからですね。そのくらいからソフト音源を意識するようになってきて。Digital Performer に元々入っているものもいくつかありましたし、そういうのを触りだして「なるほど、これは便利だ」と。ただ、本格的な導入までには至っていませんでした。

VIENNA も導入いただいたあと、しばらく熟成期間があったようですが。

そうですね、とにかく立ち上がりに時間がかかっていたのがつらくて。当時、制作のメインで使用していたMac 以外に、Windows でしか動かなかったソフトがあったので、ソフト音源専用のWindows マシンを用意していて。楽器屋さんにお願いして、「最速のWindows マシンをつくってくれ」ってお願いして(笑)たしか70~80万位したのかな。「よし、これでVIENNA が早く立ち上がるぞ!」って思ったら、数分かかるわけなんですよ(笑)そのコンピュータを組んだ方が来て、「そんな馬鹿な!」ってことで調べたらソフト側の起動に関する仕様なので、どんなマシンを使っても時間はかかるっていうことだったんですね。「じゃあ、仕方ないね」って言って(笑)それで使わなくなっちゃったんですよ、その超高性能Windowsマシン。

他のソフトのためにはそのマシンを使用されていたんですよね?

いや、なんかもう面倒臭くなっちゃって(笑)コンピュータ2台立ち上げて、WindowsではCubase 上で音源を立ち上げてたんですけど、Digital Performer と操作感も違うし。当時からディスプレイ3面並べてたんですけど、切替器つけたりWindows 用のコントローラが転がってたりでもう煩わしくって「あ~もうこんな面倒なことやってられねぇや!!」ってなって(笑)何とか1台で完結できないのかな?って思っているところに、『VIENNA ENSEMBLE PRO』が出たんですね。それで「なんだ、こんな神ソフトがあるのか」となって、ますますいらなくなりましたね、その超高性能Windowsマシン(笑)しかも、実は2台あったんですけど。

それでは、楽曲制作の流れを教えていただけますか?

僕の制作する音楽は劇伴という音楽なんですけど、映画の画に合わせることが必要なので、とにかくタイミングが重要になってくるんですね。どこでシーンが変わるとか、台詞のテンポはどうなんだろうといったことを見ながら、曲のテンポや雰囲気を考えていくんです。そこに監督の意見とか色々入ってくるんですけど。映画のように最初から画がある場合もあれば、TVのシリーズ物なんかだと「録り貯め」といって、最初に必要な曲の要望が一覧されている「音楽メニュー」というものがやってきて、それにあわせて60 曲くらいバーッとつくって、その中のものを都度編集して使ってもらうことが多いです。その場合は、メニューの指示を見てテンポなんかはこっちのイメージでつくってしまうんですけど。

そういうのを踏まえて、まずベーシックになるテンポとリズム、メロディを決めていって、アレンジを詰めていきます。僕は基本的にメロディからつくるので、メロディによってピアノだったりストリングスのシンセでつくったりとかします。例えばロングトーン系の曲だったら、コードからメロディから全部ひっくるめてパッドでフワーッと弾くんですよ。それで、「これはストリングスでこっからはホルンだ」とか、「ここにもリズムが欲しいな」とか、そういう風に組み立てていきます。

ストリングスなど生を録ることが多いですが、PC 上ではシミュレートも含めてやっているので、完成形までやってしまいます。それぞれの音色の作りこみもこの段階でやってしまって、基本的にはそのデータを本チャンまで使用します。

ストリングスやブラスなど、レコーディング可能なものを生に差し替えるかどうかの基準はありますか?

それはもう、その時の予算ですね。それ次第で今回は弦の規模が大きいとか小さいとか、全部決まってくるので。

ストリングスなど、生と打ち込みのサウンドが1 曲の中に混在することがあると思いますが、そういう場合に注意するポイントはありますか?

注意する点ですか。ん~、実は案外注意してないと思います(笑)オケ系はVIENNAとUVIとか使っていますけど、特に注意はしていません。もちろん、音色は素材に合わせて選びますけどね。でも、「これ単体で聴くといい音だけど、オケに混ぜるとだめだな」っていうのがあって。それはVIENNA といえどもなんですけど。色々比べた結果、E-MUの方がいいっていう時もあります。例えばコーラス(クワイア)あるじゃないですか。いろいろ製品が出ていますけど、今まででどれが一番使いやすかったかっていうと、実はE-MU用に出ていたやつなんですよね。それだけで聴くと「うわぁ・・・」という感じなんですけど、オケに混ぜて調整してあげると「あれ、これ生で録ったっけ?」て自分でも分からなくなっちゃうくらいの仕上がりになることがあって。「これ、コーラス入ってるんですね!」とか言われたりとかして。今までその音がシンセだったってバレたことは一回もないです(笑)分からないものなんだなぁって。でも、これはほんとケースバイケースというか、何をやるかによって違ってきます。

レコーディングされた生演奏の素材をソフト音源に差し替えるといったことはありますか?

ありますね。これは相当消極的な使い方なんですけど、例えば録った音にプレイノイズが入っていたり、いまさら音程を変えたいとか、そういうこともあるわけなんですよ。そういう時は、そこだけつまんでその部分だけソフト音源を挿すとか。

それでわからないものなのでしょうか?

えぇ、意外に誰も気がつかないんです。ソロだったらさすがに分かっちゃうかなぁと思いますけど、特にアンサンブルの内声だったらまずバレません(笑) トラック丸ごと差し替えることももちろんありますよ。その場合も、最初にデータは打ち込んであるので、それほど大変ではないです。

生楽器を打ち込みで再現する際、演奏に人間らしさを出すためにピッチやエクスプレッション、タイミングなどのパラメータを細かく調整することがありますが、そういった調整はされますか?

一切やらないです。ベロシティは多少調節しますけど、でも基本鳴らしっぱなしです。発音タイミングもすべてジャスト・クオンタイズで。曲によって最後にリットをいれるくらいです。なので、皆さん分解能を480 ティックとか、960 ティックとかでやりますよね。480もあったら、数字が3桁になっちゃうじゃないですか。それが面倒で僕は96 にしてます(笑)48 でもいいくらいなんですけど。

レコーディングした素材に打ち込みのデータをあわせるということはされないんですか?

持ち帰ったデータが遅かったりすると「20ms 前に出して」とかはやりますけど、MIDI データを素材に合わせることはしません。

これまでにソフト音源を使用されて、印象に残っている音はありますか?また、ソフト音源で使用することの多いサウンドの傾向はありますか?

もう、必ず何かは使っています。例えば、良かったのは『EPIC WORLD』にたくさん入っているAmbiences(テクスチャ音色)が面白いなぁと思って。アクセント的な使い方もしますし、ホラーの作品とかではベッタリ使わせていただきました。音色一発でいけちゃうこともあってそれは助かるんですよ。Ambiencesって、パッチごとに重ねられている音を1 個ずつミキシングできるじゃないですか。気に入ったパッチは、音を抜いてみたりして何回か使ったりしています。勿論、『VIENNA IMPERIAL』は良いですね、もう殿堂入りしてます(笑) 曲によっては生でピアノを入れることもあるんですけど、外に録りに行くことも減って。よっぽどピアノでメロディを弾かない限りは、全部『VIENNA IMPERIAL』です。ずっと重宝しています。もうちょっと硬い音というか、高域が伸びる音があってもいいかなとも思いますけど。

『CINEMATIQUE INSTRUMENTS』は変な音がいっぱいで、1と2 と両方使っていますし、『ETHNO WORLD 5 PROFESSIONAL & VOICES』もあちこちで使っています。それと、最近買った『GU ZHENG BY YELLOW RIVER SOUND』なんかも使用頻度が高くなってきました。アニメ映画の「薄桜鬼」とか、NHK の時代劇「鼠、江戸を疾る」(2014 年1 月放送開始予定) でも使ってます。時代劇とかには便利な音ですよ。

例えば『GU ZHENG BY YELLOW RIVER SOUND』などのような製品は、楽曲を選ぶ製品ではないかと思いますが。

ん~、生でやるべきものとシンセ(ソフト音源)でやるべきものと違うと思うんですよね、フレーズによって。で、その時に選択肢として良い音が無いと辛いんですね。それで例えば、ハープでやるべきところを『GU ZHENG』で弾いたりだとかそういうことを考えるんです。そうすると、中国の楽器なのに和風に聞こえたりだとか、そういう面白さもありますよね。とはいえ、民族的な音にこだわっているということはないんですよ。ただ良い音があればなんでも使うということだけで。

生でやるべきフレーズとシンセでやるべきフレーズの違いというのはどういう点なのでしょうか?

そうですね、アルペジオをずっと繰り返すようなフレーズとかは、シンセでやるべきだと思いますね。疲れないし(笑)やっぱりメロディなんかを演奏するときは生のほうがいいです。感情を入れなければいけないし。ベロシティやピッチやさまざまな要素が複雑に絡み合ってくるものは生でやるべきだと思います。

劇伴の場合だと、選ぶ音色も映像のシーンありきになるのでしょうか?

そうですね。ストリングスとかブラスとかは生になってしまうことが多いので、それほどは使用頻度が高くないんです。例えば、『VIENNA SPECIAL KEYBOARDS』の中に入っているプリペアド・ピアノ。これが"ガションガション"いっていて、とっても良いんですよ。かなり生々しいんです。これはNHK の未解決事件(NHKスペシャル「未解決事件」) で使いました。でも、プリペアドは特定の鍵盤だけ"ビョッ"とかとんでもない音が鳴ったりするので、そういうのを踏まえてフレーズを作っていかないとケガします(笑)

先ほど挙げられた製品の中だけでもかなりのサウンドが収録されていますが、ソフト音源に収録されている膨大なサウンドの中から選ぶ時は、どういうことに気をつけていらっしゃいますか?

まぁ、片っ端から試すというのが基本ですね。ただ、ストリングス、ブラスっていう選び方が出来ない音も入っているじゃないですか。この音なんだろう?ていう音。そういうのってイメージで名前ついてますけど、あれがすっごい不便で!何系の音なんだろうって、そこから始まるので結局全部聴くしかないんです。経験上、「これってあの音だったかな?」というところから総当りです。

あと、僕がやっている仕事の音楽は"余分な音"っていらないんです。生楽器特有の音を再現するのに、例えばピアノのペダルの音が入ってたりするじゃないですか。実際に生でとるときは、できるだけペダルの音を鳴らさないように鳴らさないようにってみんなそっと踏んでいるんです。確かにピアノ単体で聴くには「リアルでいいね!」って話になるんだけど、楽曲にとっては凄く邪魔なものなんです。ある程度デフォルメしちゃっていてもいいので、音楽的に使える音源というのは大事ですね。『GU ZHENG』もベロシティが低いと"爪"の音のようなものが強くなってくるので、高めのベロシティを入れてあげるように気をつけています。その"爪"の音が、さっきの"余分な音"なんですね。オケに混ざると、それしか聞こえなくなってくる。

それと、その楽器を鳴らすことによって、その楽器の背景が見えてしまうものも使いづらいです。奏者の顔が見えてしまう楽器ってあるんですよ。極端な例でいうと、シタールとかをタララ~ンと鳴らすと「絶対こいつ(奏者)ターバン巻いてるよな」っていう、誰もが持っているイメージっていうのが出てくる。そういう楽器って使いづらいんです。その背景が必要なときはいいんですけどね、あえてその楽器を使うことでその国らしさを出すことはありますけど。でも、それを求められることってなかなか無くて、むしろ無国籍的なものを求められることの方が多いから。原音に拘るっていうことは、僕らにとってはそれほど必要ないことなんです。

では、サンプリング素材やソフト音源の音色からインスパイアされて、そのサウンドありきで楽曲を制作されることはありますか?

ありますね。音色によってフレーズがかなり変わってきたりします。もしくは、ループものですね。曲の中にハマるループを探すのではなくて、一個いいのを見つけて、それをベースに作り始めたりします。そのループも最初はMachFive に入っているのをちょっと使う程度だったんです。やっぱり、フレーズの使い方がちょっと難しくて敬遠していたところがあります。本格的に使うようになったターニングポイントは『FX PEARLS VOL.2』とか、あの辺です。あと、『ALIEN SKIES - CINEMATIC AMBIENCES 2』『PHANTOM FILES』だったかな?「GANTZ」とかで凄く使いました。効果音的な使い方から、かなりメインで前に出したりもしています。『AMBIENT SKYLINE』もギターとかエレピで結構面白いフレーズありますよね。

劇場の空気を揺らすようなリズムや、パーカッションの独特なリズムなどの印象が強い楽曲がありますが、リズムパートの作りこみで普段から気にかけているようなポイントはあったりしますか?

それが特にないんですよ(笑)例えばパーカッション、コンガをいれる時とかも、鍵盤でポコポコやって「あ、ここ良いかな」っていうところを切り出して並べていくだけだったりするんです。昔は生で録ってたんですけど、最近は良いソフト音源があるんで、それで済ませてしまっています。『VIENNA PERCUSSION』なんかもよく使いますよ。他のパーカッション音源に比べても凄く太い音がするので、銅鑼とか印象の強い一発モノなんかに使うとバッチリですね。ただ、もっと昔はRX5(YAMAHAのリズムマシン)か何かに、凄くチープなボンゴとかコンガとかが入っていて、それのチューニングを思いっきり下げたやつなんかを「パトレイバー」で使ってました。それが皆さんにはエスニカルに聞こえたらしいんですけど、元ネタはリズムマシンのボンゴとかコンガだったんです。

あと、これはちょっと脱線しちゃいますけどね。僕が良く使っている音があるんですけど、低いオケヒットとのような打撃音のような。これの元になっている音は、スタジオ入口の階段でタムを叩いて、それにシンセドラムの音を何個か混ぜて作ったやつなんです。これでリズムを組むこともあります。そういう自分で作った音も結構ありますよ。

シンセ音源の極端な音色の加工はしないですね。ミックス時に卓(SSL)でリバーブをかけたりEQ をかけたりするくらいで、基本は収録されている音のままです。それ以上になると、元々そういう加工がされている音を探します。「この楽器はこういうものだ」という概念は捨てちゃって「どうすればもっと変な音になるのかな」とかそういうことは考えますけどね。あとは、リズムループをこっそり混ぜたりとかはやりますね。それが生のパーカッションのリズムなのか、アナログシンセのパルス的な音色なのかとか、それは拘っていません。どっちでもいいです。もう、作り方が深くないというか、どうしようもないですね、ほんとすみません。

現在は必ず使用されるというまでになったソフト音源ですが、ご購入される際に選ぶポイントはありますか?

操作が簡単そうなやつ。すばやく音が選べるとかロードが早いとか、エディットが早いとか、使いやすさや簡単さが重要ですね。今使っている中でエディットがすばやく出来るのはENGINE の製品かな、と思います。QUICK EDIT 画面とかはデザインもキャッチーでいいじゃないですか。なのに、あまりにもリリースが長い音とかは調整するんですけど、そのためにPRO EDIT 画面を開くと「表示ちっちぇー!」て(笑)。BEST SERVICE の製品はいいものが多いんで、老眼にやさしい画面を期待してるんですけどね。劇伴系の人たちに評判いいんじゃないですか?

BEST SERVICE のシネマティック系製品は、読み込んで鳴らすだけで雰囲気が出せると、ご感想をいただいています。

ですよね、それが助かるんですよ。

同時に、製品が売れると「これを使っているな?」とバレてしまうから売れないでくれとも言われています。

まったくその通りです(笑)でも、バレても別にいいんですよ。ある意味、早いもの勝ちみたいなところはありますけど。昔、プロしか使えないような値段の楽器があった時代っていうのは、それを使っているからプロだったんですよね。安くてみんな使い始めちゃうから悩むんであって。なので・・・プロ用製品はもっと値段を高くしていいんじゃないですか?(笑)

普段、ソフト音源を使用して行われている制作手法で、DTM 環境で制作しているユーザーでも実践できるようなTipsやアドバイスはありますか?

そうですねぇ・・・とりあえず分解能を96にしましょう(笑)いや、ほんと僕の中では480の必要はないんです。その方がエディット早いですよ!って。

なるほど(笑)細かくエンベロープなどを調整しているユーザーは驚くアドバイスですが。

発音のタイミングをずらしたりとかも、例えばストリングスなんかだと、なぜストリングスなのかっていうと、演奏者一人一人のタイミングがずれていたりピッチがずれていたりでコーラス効果が出て、ああいうふくよかな音になるわけですよね。そう思うと、シンセとかもずらした方がいいのかな?と思う瞬間もあるんですが・・・今、「面倒くさいからしない」って喉まで出掛かったんですけど、それじゃ記事になりませんよね(笑)

ストリングスやブラスやパッドとか上モノの発音タイミングが少しずれたところで分からないと思うんですよ。でもパーカッションをユニゾンで演奏する場合なんかは、発音のタイミングをぴったり合わせないと効果が見えない。見えないというか違ってきちゃうことが多いんですね。勿論、ドンピシャに合った方がいい時とそうじゃない時はありますよ。ただ、ドンピシャだと機械くさくなるとか、そういうことではないと思うんですよ。クオンタイズを少しずらした方が生々しくて良いっていうのは否定しないんですけど、ものによっては・・・ということですね。それは見極めてくださいねって感じです。

それは、「この楽器をずらしてはいけない」ということでなく、「曲によって、それぞれずらしてはいけない音がある」ということでよろしいでしょうか?

そうですね。色々細かくずれているほうが確かに厚みは出てくるはずなんですけど、ものによっては・・・ということですね。パーカッションに関しては、ピッタリ合っていたほうが良かったっていう体験は多いです。自分でも、たまにパーカッションとかずらしたりしてみると上手くいかなくて、なんでだろうなって思ってピッタリ合わせるとしっくりきたりするので。でも低域とかは扱いが難しいですよね。波の周期が大きいから、うっかりすると逆相で低音が消えちゃったりして。

ピアノなど、MIDI キーボードで演奏されたフレーズも、クオンタイズでタイミングを修正されたりするのでしょうか?

しますします。基本的に全部ジャスト・クオンタイズです(笑)

弾かれたままの状態で使用することは?

滅多にないですね。全部クオンタイズしちゃいます。クオンタイズしないものに関しては、ピアニストの方に弾いてもらいます。なので、ベロシティまでも全部フラットだったりしますよ。曲によってですけど、本当にバッキングに徹している場合。ベロシティは全部66だとか77だとかが凄く多いです。なんで66がいいかっていうと、「6」を2回押すだけでいいからです(笑)なので、もう66か77か88しかないです。

99までいくと強すぎるし

強すぎるし(笑)

55だと弱いし

弱いし(笑)まぁ、申し訳ないですがそういう夢のない話ですよね。

パーカッションのベロシティは、意識して調整されたりしていますか?

コンガだったりのフレーズとかは、多少しますね。でも・・・それも44、55、66、77(笑)

逆に凄くベロシティなどに拘る楽器はありますか?

それが、ピアノなんですよ。あとはハープ。さっきまで言っていたことと矛盾しちゃうんですけど。何かっていうと、鍵盤によって音の大きさが違うんですよ。dBでは一緒かもしれないけど、聴こえ方が違ってくるので。なので、飛び出している部分があれば、そこだけつぶしていきますね。

それは、エフェクトで調整するのではなく、ベロシティで下げていくのでしょうか?

そうです。本当は『VIENNA IMPERIAL』だとボリュームだとか鍵盤一つずつ調整できるんですけど、ベロシティでやります。聴こえ方がデコボコするのも実機に凄く忠実だからなんだと思うんですけど、それが時としては邪魔になる時がある。そういった固体の特性をカバーして演奏されるのがピアニストの方々なんですけど、コンピュータ上ではフラットにしたい。

1日で何十曲という制作ペースの中だと、そういう調整に時間を取られたくないところですね。

一番イライラするところですよね(笑)

最後に、日々たくさんの楽曲を制作されている中で、一貫して気をつけていることやポリシーがあればお聞きしたいのですが。

まずは自分が満足すること。自分が気持ちいいと思えないと、何度でも直したりしますね。最初に信じられるものは、自分の感性じゃないですか。なので、自分の感性を信じるというのが一番大事だと思います。

では基本的に今発表されている作品には、全て満足されているのでしょうか。

その時は、ですね。後で聴いて「あぁ~」と思うことはあります。でも、満足しないと思うんですよ。完全に満足するまでとなると、いつまでたっても終われないので。あくまで満足っていうのは、限られた時間の中でっていう条件付きになりますね。一日経って聴いてみると「あれ?」っていう時も多々あります。なので・・・満足と反省の繰り返しですね。過去の反省を踏まえて自分が形成されていくので、少なくとも「うん、これならいいや」って思えるくらいのものは作っているつもりです、その時その時では。

今でも「これは満足している」という作品や気に入っている作品はありますか?

ん~、100%満足してるっていう作品は無いですね。毎回その、自分では上手くいったと思う、自分では好きだっていうやつはあるんですよ。だけど、それだって満足しているわけではなくて、平均点的に上手くいったに過ぎないということです。気に入っている作品は、「風人物語」っていうちょっと変わったアニメがあるんですよ。音楽もすっごい地味な。その作品の音楽が自分ではメロディとか雰囲気が好きですね。でも、それが自分の中の最高作品かと言われるとそんなことはないんですけど。

それでは、もう少し絞り込んで"劇伴"という音楽を作るうえで意識されていることはありますか?

やっぱり、映像を活かす。最大限に活かす、映像を格好良く見せる。格好良いというのは曲のグルーヴ感とかそういう意味ではなくて、映像自体が格好良く見える為にはどうしたらいいか。そういうことを考えています。

その「格好良く」見せるためのポイントというのは?

アクションに対してテンポが早くて刻みの多い曲をつけることは勿論あるんですけど、その裏側にある情緒感とか、そういうのを表現できたらいいなと思います。例えば、主人公がいて背景が青空だったりしますよね。そうすると、その青空と同じ意味合いを音楽に持たせるというか、そういう考え方なんです。だから、主人公が悲しいモノローグとかをやっているときに、そのまま悲しい音楽を流すというのは、それだとただのプラスしかないので広がらないんですよね。そのままやっちゃうと。だからその背景が晴れなのか雨なのか、ビルなのか山なのか。それによって音楽が変化してもいいじゃないかって思うんです。山だから山っぽい音楽とかっていうことではなくて、背景の情緒の一つとして音楽があるということで。それでそのシーンが、より膨らんで見えると思うんですよ。

映像作品の中での劇伴の位置づけというのはどういうものだと思われますか?

ん~、作品の部品としては、台詞と音楽と効果音は一緒かもしれないなと思います。監督の趣味にもよるんですよ。俯瞰で遠くから眺めているような音楽にしたいって方もいらっしゃいますし、目の前のリアルに対して音楽をつけたいっていう方もいらっしゃいます。

以前手掛けられた「東京静脈(都心を流れる神田川からの視点で、東京一面を切り取った映像作品)」という作品がありましたが、ああいった淡々と川の流れに沿って風景が淡々と流れていくようような作品だと、どういう点から曲の要素やヒントを探されるのでしょうか?

あ~なるほど。あれは・・・画面の雰囲気ですよね。基本的には淡々と流れているので、それに綺麗なクラシックみたいな音楽だとか、本当に普通な毒も何もないBGM を流したらつまらないと思うんですよ。だからちょっと毒のある、毒というかエグみのある音楽が流れた方が豊かになるんじゃないかな?って考えるんですね。そこでどういう要素があったかっていうと悲しすぎない哀愁とか情緒とか、そういうものが加われば「東京静脈」は上手くいくかなって思ったんです。で、「大阪静脈」ってのもあったんですけどね、そっちは基本同じ考え方なんですけど、ちょっと街の情感的に東京よりは少しバイタリティのある感じで。でも、やっぱり何もない映像、何もないって言うか、区切りになるようなポイントも何も無いじゃないですか。あれに音楽をつけるっていうのは結構きつい作業ですよ(笑)ひたすら続いてるから。だから、ほんとに橋の下をくぐるとか、そういうところで曲を変えてみようとかしかないんで。そうするとなんで今変わったの?って話にもなるわけで。本当は全体として捕らえないといけないんですけど、やっぱり行き当たりばったりでしたね、これだけ長くなると。その都度その都度行きたい方向に行くしかないんです。最終的には曲単位ではなくて、全部つないだ状態で納品しました。終わってみて「これはもう出来ないかもしれない」って、実は大変でした(笑)

劇伴を制作するには作曲スキル以外にも、読み取ったものをアウトプットする能力が必要だということでしょうか?

そうですね、そうだとは思います。ただ、さっきも言ったように最初に信じられるのは自分だけなので、自分の感性を信じるのが一番大事だと思います、まずは。それに対して監督から「そうじゃないんだ」って言われることもあります。監督と色々な話をして、精度を高めていく作業は必要かなと思います。どういったニュアンスを求められているのかっていうことを読み取らなければいけないんです。

歌モノでも、何を作るのでも大変だと思うんですけどね。劇伴の場合は数を作らなくてはいけないので、それをいかに早くこなすかっていうのは大事です。その為に、いかに作業効率を良くするかっていうのも大事ですね。

効率アップの秘訣はありますか?

やっぱりゾロ目ですね。ゾロ目ベロシティで(笑)

川井憲次 氏

ヴァイオリニスト・作曲家・編曲家。東京芸術大学音楽学部卒業。

1957 年4 月23 日東京生まれ。在籍していたバンドがコンテストで優勝するのを期に、ギタリストとして活躍。その頃から自宅録音に興味を覚え、舞台やCM 音楽などを手がける。作品『紅い眼鏡』の音楽を担当し、劇伴作曲家としての活動をスタートする。2007 年には、パシフィコ横浜国立大ホールにて単独コンサート~ CinemaSymphony~ を成功させる。作品世界を際立てる洗練されたアレンジと、儚くも美しい旋律に代表される音世界は多くのフォロワーを産み、高い評価を得ている。最新作は、『鼠、江戸を疾る』、『THE NEXT GENERATION -PATLABOR-』など。

2005 年、AMD Award Digital Contents of the year 「Bestprofile Music Composer 賞」受賞(『イノセンス』)

2008 年、第41 回シッチェス・カタロニア国際映画祭「最優秀映画音楽賞」受賞(『スカイ・クロラTheSky Crawlers』)

代表作:『紅い眼鏡』『機動警察パトレイバー』『GHOSTIN THE SHELL / 攻殻機動隊』『Avalon』『らんま1/2』『機動戦士ガンダム00』『Fate/stay night』『めざめの方舟』『東のエデン』『ウルトラマンネクサス』『科捜研の女』『仄暗い水の底から』『南極日誌』『セブンソード』『イップ・マン序章/ 葉門』『インシテミル』『梅ちゃん先生』『非公認戦隊アキバレンジャー』『クロユリ団地』『貞子3D』他多数。

川井憲次 氏オフィシャルサイト

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