DTMが起こした、静かで熱い共鳴の話
かつて音楽を「誰か」に届けるためには、いくつもの高い壁を乗り越える必要がありましたが、インターネットとSNSの一般化により、音楽の伝達スピードは異次元の領域へ到達するようになりました。個人的な趣味で制作したサウンドであっても、ひとたび書き出しボタンを押せば「作品」は誕生し、公開ボタンを押せば、国境を超えて多くの人へ届けられる時代です。
自分の音楽は誰にも届いていないのではないか──。 そんな不安に襲われたときは、思い出してください。 インターネットという海に放たれたあなたの音は、いつ、どこで、誰の情熱と結びつくか、誰にも予測できないということを。
当記事では現代の制作環境から生まれた、3つの「共鳴」のエピソードをご紹介します。
運命のツイートとライブ配信
人気プロデューサー・DJであるdeadmau5の代表曲の一つである「The Veldt」には、音楽制作における「SNSを通じた奇跡的な出会い」を象徴する、非常にドラマチックな展開がありました。
ジョエル(deadmau5)がスタジオから制作風景をライブ配信していた際、あるファンがTwitterを通じてジョエルに伝えました。「クリスという男が「The Veldt」にボーカルを乗せて公開しているよ。」
早速その曲を流し始めて数十秒、ジョエルは驚きで言葉を失い、「信じられない!彼は完璧に理解している!」と大興奮。配信中のその場で「ボーカルを公式に採用したい」とクリスにコンタクトをとりました。
deadmau5のファンの一人であるクリスが、自宅のクローゼットで録音し、ひっそりと公開していたボーカルは、ジョエルにとって特別なものでした。
もともと「The Veldt」は、ジョエルが感銘を受けた短編小説の世界観をモチーフに制作された背景がありましたが、クリスのボーカルにも、原作のテーマを的確に捉え、その物語を補完するような歌詞があてられていたためです。
作り手の哲学を同じ熱量で追いかけ、その世界観に深く寄り添ったボーカル。それが、遠く離れた二人の世界を一本の線で繋いだ瞬間でした。
30ドルのビートが世界を揺らす
オランダの青年、YoungKioはFL Studioで音楽制作を学びながら、制作環境をアップデートする資金を得るため、ビート販売ストアに淡々と自作のビートをアップし続けていました。彼にとっては夢を掴む為の準備段階でしたが、海の向こうでそれを「自分の人生のテーマ曲」に選んだ男がいました。
僅か30ドルで売られていた YoungKio のビートに共鳴したのは、当時無名のLil Nas X。10代の頃からインターネットに没頭し「どうすればミーム化(流行)させることができるのか」に心血を注ぎ、ショート動画やジョーク画像を投稿し続ける青年でした。
カントリーな風合いを持ったYoungKioの異色なトラップビートを見つけたLil Nas Xは、SNSで耳を引くための武器になると確信。そして誕生した楽曲「Old Town Road」を自主リリース後、自ら大量のPR動画を投稿し、ネットユーザーがこの曲を使って遊びたくなる「ミームの土壌」を徹底的に耕しました。
ほどなくして「Old Town Road」はSNS上でバイラルヒットし、さらにはカントリーミュージック界のスターであるビリー・レイ・サイラスとの共演まで果たすなど、大きなムーブメントを巻き起こしました。
成功を目指す若き戦略家と、日々音楽制作に没頭する若きトラックメイカーという、デジタルネイティブ世代の二人の共鳴が、世界中の人々へと波及していった瞬間でした。
PDCAを回し続けたDTM職人
イギリスの若きスターPinkPantheressは、在学中の大学寮でiPhoneのGarageBandを使い、楽曲制作をはじめました。日記を綴るように歌を吹き込み、TikTokにアップしたところ「短くて、少し寂しくて、でも心地よい」未完成な質感が、同じように孤独を感じていた若者たちの心に深く刺さりました。
彼女はプロのスタジオクオリティを使用することなく、1曲2分弱という現代のリスニングスタイルで多くの共感を得ました。一見するとラッキーなシンデレラストーリーにも見えますが、彼女の成功は、決して偶発的なものではなく、楽曲の解像度を高めるために行われた「徹底的なセルフフィードバック」の賜物でした。
最初から1曲を完成させて世に出すことはせず、制作中のデモをTikTokにアップし、「どのサンプルが反応が良いか」実験のように繰り返しました。反応が悪ければすぐに消し、反応が良いものだけを磨き上げる。彼女にとってSNSは「作品発表の場」であると同時に、「最高の楽曲を仕上げるためのワークステーション」でもありました。
Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)を繰り返し、そのひたむきなルーティンの果てに、『自分にしか作れない最短のポップソング』へ辿り着いたのです。
「意志」が宿った音楽は、誰かに届く準備ができている
共鳴の価値は、再生数の多さだけで決まるものではありません。こだわり抜いたサウンドが、顔も知らない誰かに「最高だ」とつぶやかれる。たった一人との間に起きる共鳴もまた、音楽がもたらす唯一無二の喜びです。
ある人は、憧れのアーティストのインスト曲を、歌わずにはいられなかった。
ある人は、貯金をしながら音楽制作を続けていた。
ある人は、自分の音が世界とどう響き合うのかを模索した。
始まりはすべて、誰の目にも触れない「モニターの前の孤独な時間」でした。


