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作曲家・指揮者 多田彰文 氏による『SPITFIRE SYMPHONY ORCHESTRA』レビュー

2025年8月8日 18:00 by num

数々のアニメ・ゲーム作品の音楽を手掛ける作曲家・指揮者の多田彰文氏に、ご自身が「一流の演奏家と出会えた喜びと同等」とまで語るオーケストラ音源「Spitfire Symphony Orchestra」について、その魅力と具体的な活用術を解説いただきました。

世界中のプロが愛用する最高峰の大編成オーケストラ音源
税込価格 ¥92,708¥55,624
  • メーカー:SPITFIRE AUDIO
  • カテゴリ:ソフト音源

妥協の無いサウンドをストレス無くオペレート。
楽曲制作に驚異的なタイムパフォーマンスを導き出す究極のオーケストラ音源

劇中背景音楽やゲーム音楽などを担当する劇伴作家において、数多くあるオーケストラ音源の中からサウンドの好みや取り回しの良い音源を探すのは中々の労力を要するものと感じる。その中から多田自身が近年、とても有意義かつ効率的に質の高い楽曲を制作できうる音源に出会ったのが「Spitfire Symphony Orchestra」だ。

SPITFIREという言葉に妙に親近感を感じる、そのコンセプト

2007年にロンドンで設立されたSPITFIRE AUDIO。創業者のクリスチャン・ヘンソン氏とポール・トムソン氏曰く「サンプルを録るのではなく、演奏を録る。」というコンセプトの通り、ともに作曲家であるお二人が「妥協を許さず、かつ、ストレスのないオペレーション。」を目指した結晶であるとのこと。

「Spitfire」にはもともと「短気な人」という意味がある。中々来ないエレベーターを待ちきれずにすぐ階段を使ってしまうほどせっかちな多田にとっては、とても興味深く相性も良い音源メーカーだ。オーケストラ音源としてはBBCやAlbionなど多数のラインナップがあるなか、多田が特に注目したのはこの「Spitfire Symphony Orchestra」(以下SSO)であった。

作曲家の心をくすぐる粋なパッチ構成

SSOはこれまでセクション毎にラインナップされていた音源を統合しリニューアルされたフルオーケストラの総合音源。2025年にはアップデートでSoloストリングスも加わり、オーケストラにおいての再現力は協奏曲も含め、かなり広がったと言える。

製品自体のユーザーインターフェイス(以下 UI)には、ライブ演奏やメモ書きでの打ち込みを直感的に表現できる「Performance legato」と、豊富なアーティキュレーションやダイナミクスなどをキースィッチにより切り替えて打ち込める「Technique collection」パッチが存在する。

Performance legatoは鍵盤のタッチにより奏法が自動で切り替わるというもの。通常のキーオン/オフにより音は持続音に、素早くキーオフをするとスタカートな奏法となって反映。タッチの速さ(Velocity)によって、ストリングスではアクセントのある持続音からゆるやかな立ち上がりも演出される。

2音を緩やかに繋げて弾けばポルタメントがかかり、適度な速さで繋げればレガートになるが、まるで演奏する側の気持ちを読み取るかのようなレスポンスを見せる様(さま)には驚くばかりだ。Dynamicsはモジュレーションホイール(CC1)でコントロールでき、持続音におけるエモーショナルな表情付けが可能である。

音源という存在を超え、演奏家そのものと接しているかのようなオペレーション

ここからは多田自身がメインに使用しているパッチであるTechnique collectionについて触れていきたい。これらは音源というよりはまさに「彼ら」と呼びたいほどである。何故なら、より綿密な表現を構築し楽曲を追い込んでいくにあたって、常に目の前にスタンバイし作家のアイデアや要求に対し直ちに期待以上の結果を導き出してくれる、頼もしい「演奏家」たちだからだ。

Technique collectionには、SSOがカバーする奏法をキースィッチ内に全て納めた「All」、持続音とスタカートを中心とした「Core」、そしてトレモロやトリルからFX(楽器独特の効果のある奏法群が収録)までを納めた「Decorative」と基本的に3種類用意されている。あらかじめ使用する奏法を絞り込めているならばCoreかDecorativeを選択することも考えられる。ここで多田からの提案だが、使用するホストDAWにAllを選択した楽器群のテンプレートを作成しておくのはいかがだろうか。

図にあるように、それぞれの奏法は適宜オンオフの選択が可能である。オフならば当然、メモリ内には呼び込まれない。これまでのオーケストラ系音源では、まず容量の大きめなプログラムを呼び込み制作を終えた時点でpurgeなどをしてメモリ消費を節約しパフォーマンスを稼ぐのが主流であったが、SSOならばAllから頻繁に使用するアーティキュレーションのみをテンプレートとして保存しておき、必要な奏法を適宜追加する(SSOはそれらを瞬時に読み込む!)ことで、メモリ容量の節約や使用しない奏法を読み込むタイムパフォーマンスを図れるであろう。

オーケストラの再現性を考慮した、効果的なトラック構築のススメ

もはやオーケストラ音源としては定番となっているが、ストリングス・セクションにおけるViolinには1st.と2nd.がそれぞれ用意されているのはありがたい。その他の楽器において、例えば金管・木管楽器やHornにみられるユニゾン対策に有効な手段としては、Solo楽器とa2(「ア・デュエ」と読み、2人での演奏を意味) と2つのトラックを用意し、和音で奏でるにはSoloを選択しユニゾンではa3を選択すると鳴りの再現性が良くなるだろう。a2で2音を和音弾くと4人に膨れ上がってしまい、その部分だけ人数が増えてしまうという奇妙な現象を避けることができるのだ。

MIDIコントロール情報の積極的な活用とキースィッチへのファストアクセス対策

オーケストラ楽器群にとどまらず生楽器全般において、感情的な表現をより豊かにする手法として欠かせないものに「時間的な音の変化」がある。音量や音質の変化、ヴィブラートの周期や度合いの変化、スタカートにおけるリリース時間の変化などが挙げられるが、SSOではそれらをもMIDIコントロール情報によってデータ構築することができる。これを活用しない手はないが、入力に手間取ってしまう時間ロスは勿体無くも感じる。更には、まるで自身が奏者であるかのようにもっとダイレクトに思いを込めてみたいものだ。キースィッチなどもできるだけストレス無くアクセスもしたいであろう。

そのような願いは、MIDIコントロールサーフィスが簡単に叶えてくれるものと提案する。多田においては、ノート入力用と別に25鍵のMIDIキーボードを用意。そしてMIDIコントロール情報入力用のスライダーも接続し活用している。

Dynamics(CC1)・Expression(CC11)・Vibrato(CC21)などは頻繁に使いたいところだ。ストリングスなどのスタカート表現には時に「鋭いスタカートか緩やかなスタカートか」を重要視することもあり、微妙なニュアンスの違いを表現できるようTightness(CC18)も設定している。

Spitfire AudioライブラリにおけるMIDI CC一覧

CC1
Modulation (Dynamics)
持続音パッチのダイナミックレイヤー間のフェードをコントロール
主にppからffまでの強弱に対する音質も含めた表情付けに使用

CC7
Volume
音量をコントロール

CC10
Pan
楽器の定位をコントロール

CC11
Expression
サンプルの音量をコントロール。CC1での音量コントロールを更に繊細に調整する時に有効

CC16
Speed / Tightness
Speedでレガートの音程をコントロール(古いライブラリではこのCC番号はタイトネスにもなる)

CC17
Release
サンプルのリリース時間を長さをコントロール(Releaseパラメータを持つライブラリにのみ適用可能)

CC18
Tightness
Short奏法においてどの程度タイトな音符を演奏するかをコントロール(Tightnessパラメータを持つライブラリにのみ適用)

CC19
Reverb
リバーブの量をコントロール(Spitfire Pluginライブラリにのみ適用可能)

CC21
Vibrato
インストゥルメント・パッチのビブラート量(ビブラートとは表現効果を生み出すためにノートのピッチをプレイヤーがどれだけ脈動させるかを意味)

CC22 – CC27
Microphone Signals
各マイクセットの量をコントロール

CC64
Sustain
ペダルを離すまでノートは持続(0 = オフ・127 = オン)

本製品に合わせ、Spitfireからの手厚いサービスも是非押さえておきたいところ

SPITFIRE AUDIOは、自社が開発する製品についての導入を検討しているクリエイターに向けいくつかの無料版が公開されており、ひとまず試してみたいという価値以上のサービスが提供されている。「BBC Symphony Orchestra Discover」もそのひとつ。製品版「BBC Symphony Orchestra」からアーティキュレーション・楽器数・サンプル数などを制限したものである。

ストリングスに関しては各セクション毎にLong・Spiccato・Pizz・Tremolo、金管と木管楽器はLongとStaccatoのみであるが収録されている。オーケストラ音源でSpitfire製品をお持ちでない方にはまずこちらを試してみるのも良いかもしれない。無料であってもユーザーの期待を裏切らない質の高さを知ることができ、SSOをはじめとしたSpitfireの製品版オーケストラ音源に駒を進めたくなるのではないかと確信する。

作曲家のそばに心強く寄り添ってくれる、末長く付き合える音源

Spitfire Symphony Orchestra。これほどの安心感を持って使用できるオーケストラ音源は、他には数少ないのではないだろうか。作曲家同士でよく語られる悩みの種のひとつに「音源(の鳴り方の癖)に楽曲が左右されてしまう。」が存在するのだが、SSOはクリエイターファーストな再現力を提供してくれる音源であることに間違いはないと確信している。多田はこの音源との出会いを、まるで一流の演奏家と出会えた喜びと同等に感じている。今後も良きパートナーとして付き合い、劇伴やゲーム音楽に刺激ある良い作品を提供していきたいと願っている。

世界中のプロが愛用する最高峰の大編成オーケストラ音源
税込価格 ¥92,708¥55,624
  • メーカー:SPITFIRE AUDIO
  • カテゴリ:ソフト音源
多田 彰文

(作曲家・指揮者)

幼少よりクラシックピアノを、中学時代よりギターを始める。

1989年手塚治虫原作「火の鳥」舞台演劇にてシンセサイザー演奏デビュー。その後、辛島 美登里をはじめ、西城 秀樹・野口 五郎など 歌手・アーティストのツアーミュージシャンとして演奏活動を行う。

日本大学文理学部英文学専攻科在学中に作曲・編曲活動を始め、新人アーティストのサウンドプロデュースやドラマ・アニメ・ゲーム等の音楽制作を手掛ける。

作・編曲・オーケストレーションを小笠原 寛氏、指揮法を大澤 健一氏に師事。キーボード・ギター・ベースはもとより、木管・金管楽器、ヴァイオリン、パーカッションから大正琴まで、あらゆる楽器を演奏し、スタジオレコーディングでの指揮者もこなす、マルチプレイヤーである。

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代表作

  • ゲーム『ウマ娘 プリティダービー』
  • TVアニメ『プリンセスコネクト!Re:Dive』
  • 劇場アニメ ポケットモンスター シリーズ
  • 劇場アニメ クレヨンしんちゃん シリーズ
  • TVアニメ キャプテン翼
  • TVアニメ サイボーグ009

など多数