SPITFIRE AUDIO
BBC SYMPHONY ORCHESTRAを
青木征洋が徹底解説。
UNIVERSAL STARTING POINTと銘打って満を持してリリースされたSpitfire Audio(以下Spitfire)のオーケストラサンプルライブラリBBC Symphony Orchestra(以下BBCSO)ですが、どのくらい凄いのか、また作曲家はこのライブラリとどう向き合うべきなのかを解説していきたいと思います。
音を聴く
まずは音を聴いてみましょう。
このライブラリが他のライブラリと一線を画しているのは間違いなく「理想的な音場、音像」です。化学で言うところの理想気体、物理で言うところの抵抗のない空気や摩擦のない坂みたいなものです。これほどまでにオーケストラレコーディングに近い手法で高品質で収録され、ノイズや位相を気にせず扱えるようになっているサンプルライブラリは市販のものとしては初めてなのではないでしょうか。
テンプレを組んでみる
BBCSOはSpitfireの独自プレイヤーの中でパッチを選択する形で使用します。パッチは奏法ごとではなく楽器ごとに分かれているため、ユーザーが選ぶ単位としてはViolin I、Violin II、Viola…といった具合になります。選んだ楽器の中で使用する奏法を選択し、それらを切り替える方法を選べばあとはそのまま一般的なライブラリと同じように鳴らせる状態になります。
奏法の切り替えに関して、多くの作曲家は単一トラックからキースイッチで切り替える派と奏法ごとにMIDIトラックを分ける派のいずれかに属していると思いますが、BBCSOの場合どちらにも柔軟に対応します。TRIGGERのところでKEYSWITCHかMIDI CHANNNELを選べばOKです。他にもベロシティやCCでの切り替えにも対応します。ちなみに僕はトラックを分ける派。奏法間でModulationやExpression等CCの情報を共有してしまうことに注意して下さい。
また、Hans Zimmer Strings(以下HZS)等の従来のSpitfire Audioの自社プレイヤー製品を使っているユーザーにとって非常に嬉しいのが、マスターチューニングの変更とマルチアウトが出来るようになったことでしょう。
ここまでが基本的なBBCSOの使い方です。しかしながら、BBCSOにはこの先の深淵が待っています。
マイクの選び方
BBCSOでは20ものマイクチャンネルが選択可能になっています。同社のSymphonyシリーズではClose、Tree、Ambienceの3チャンネルしか選べないことを考えるとこれは本当に膨大な量です。勿論、これは全てを使わなければならないというわけではありません。
一番分かりやすく、またマシンにも優しいスタート地点はMix 1またはMix 2のいずれかのみを立ち上げた状態です。これらは膨大な数のマイクで収録されたサンプルをSpitfire Audio側でミックスしステレオに落とし込んだものなので、難しいことを考えずにバランスのとれた状態でアレンジを始められます。ラップトップ等の非力なマシン環境で特に活躍するでしょう。
マシンパワーに余裕があり、より自由に音像をコントロールしたい場合はClose以降のマイクを使うことになりますが、それぞれのフェーダーにマウスホバーさせることによってそのチャンネルがどのような意図で収録されたかヘルプテキストが出るようになっています。ミキシングではTree、Outで全体のイメージを作り、そこにCloseとAmbを足して距離感を表現するのが一般的ですが、BBCSOにおいて非常に特徴的なのが3ページ目に現れるSpillマイクでしょう。
これらは例えばViolin Iを収録している時にViolin IIやViola等他の楽器のCloseマイクに被りこんだ音を表現するのに用いられます。これとCloseマイクを組み合わせることによって、Closeマイクの音像が実際のレコーディングに近いものとなるのです。また、管楽器について実際のレコーディングで用いられるMidマイクもCloseと組み合わせる意義の大きなチャンネルです。
これらに加え、昔のレコーディングの再現に使えそうなMono、首席奏者にフォーカスしCloseより更に輪郭を与えるLeader、7.1.4チャンネルのミックスに効果を発揮するSidesやAtmos等、あらゆるアプリケーションを想定したマイクが用意されています。
膨大なチャンネル数の管理
マイクの選択肢が多いのは魅力ですが、全てのインスタンスから全てのマイクをパラアウトすると尋常ではない数のチャンネルがミキサーに立ち上がり、ワークフロー面で支障をきたします。解決策は人それぞれですが、僕はVienna Ensemble Pro(以下VEPro)を使ってDAWに立ち上がるチャンネルの数を最小化しています。
チャンネルを纏めていく上で鍵となるコンセプトが「実際にオーケストラを収録した場合分けることが出来ない情報」を出来るだけ一緒にしてしまうことです。例えばDecca TreeやOutriggerのマイクに入ったViolin IとContrabassを分けて調整することは出来ませんが、Closeマイクに入った音はある程度個別の音量(というより実際は印象の強さ?ですが)を調節することが出来ます。このコンセプトでチャンネルを纏めて行くことで、VEProの中ではトラックが200?300近く立ち上がっているのに対しCubaseのミキサーに立ち上がるチャンネルは30?40程度に収めることが出来ます。もし問題があればMIDI CC1やCC11、VEPro内のフェーダーで頑張ってバランスをとります。
ミックスの際も出来るだけ考えることを減らしたいので、それぞれのマイクチャンネルに別個のエフェクト処理をせず一旦StringsならStrings、BrassならBrassでバスに纏めてしまってから処理すると非常に楽です。そうしても大丈夫な音で録られているのがBBCSOの凄いところとも言えます。色んなデベロッパーのライブラリをごちゃまぜにしてしまうと、ミックスの際にどうしても質感が合わない(特にアンビエンス)ためリバーブやEQで四苦八苦することになるのですが、BBCSOはオーケストラの一通りの楽器が全て同じ空間、マイキングで録音されているため統一感という意味では群を抜いています。
負荷との付き合い方
使用するマイクchの数だけ、マシンへの負荷も倍々に増えていきます。ストレージは出来る限り速いものを用意した方が良いでしょう。音が飛んでしまう場合はSettingのAudioでPreload SizeやStream Buffer Sizeを上げれば改善しますが、ここを増やすとその分だけRAMの使用量も比例して増えていくため、凝り始めるとストレージかRAMのいずれか一方には高い負荷をかける必要が出てきます。
BBCSOをDAWに直接立ち上げていると一気に全部のインスタンスの特定のチャンネルを無効化、というのが難しいですが、僕はVEProと組み合わせてマイクチャンネルのロード/アンロードを一括管理しています。こうすることで、同じプロジェクトをモバイル環境とスタジオ環境の両方で開くことも現実味を帯びてきます。
(無効化しグレーアウトしているチャンネルはRAMが解放されています。)
サンプルの使命とは
BBCSOは同社のHZSやEVOLUTIONシリーズとは対照的に所謂本物のオーケストラレコーディングを踏襲する形で作られていますが、いずれのベクトルの製品にも共通して言えるのは「ライブレコーディングでは実現出来ない音響表現が出来る」ということです。人間にとって代わるような演奏表現を行うサンプルは恐らく今後も現れることはありませんが、だからこそサンプルは音響に注力すべきだという結論がこのBBCSOで出たようにも感じます。
映画やゲームにおいて音楽は音響の一部でもあるため、どのような音像や音色で鳴っているかがリズム、メロディ、ハーモニーと同様に大きな意味を持ちます。生録音では映像に見合ったスケール感や広がり、密度感が得られないケースにおいてサンプルは既に欠かせない表現技法の一つになっているため、予算の多寡に関係なくコンポーザーは選択肢としてサンプルによる表現を持っておかなければならない時代に突入しており、BBCSOは現時点で最も頼りになるツールの一つだと言えるでしょう。
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2008年に株式会社カプコンに入社し、「戦国BASARA」シリーズや「ロックマンXover」の音楽制作を担当。2014年に同社を退社した後は「ストリートファイターV」の作曲を担当する等ゲームコンポーザーとしてグローバルに存在をアピール。WWise-201技能検定に合格し、インタラクティブミュージック制作にも精通。2015年アーケード音楽ゲーム「CHUNITHM」への楽曲での参加を皮切りに「GITADORA」「太鼓の達人」等にも楽曲を提供し、音楽ゲームの世界においてもテクニカルギタリストとしての立ち位置を確立する。また、TVアニメ「メイドインアビス」のOP主題歌の作曲を一部担当する等ゲーム以外のフィールドでの活動も広がりをみせる。 プロデューサーとして株式会社ViViXの前身となったギタリスト専門レーベルViViXを2004年に設立。2005年にギターインストの流布を目的とした「G5 Project」を開始。4thアルバム「G5 2013」ではオリコンCDアルバムデイリーチャート8位にランクイン。また、世界中の若手ギターヒーローを集結させたプロジェクト「G.O.D.」のプロデューサーも務める。
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