Spitfire Audioは10年近く前から最強だった
Spitfire Symphonic Orchestra(以下SSO)にとうとうProfessional版が追加されました。これはマイクロフォンポジションの追加です。従来のClose(Spot)、Tree、Ambienceの3点に加え、Outrigger、Leader、Close Ribbon、Stereo Pair、Galleryという5つのチャンネルが追加された他、それらを組み合わせた用途別のミックス(AIR StudiosのエンジニアJake Jacksonによるもの)も収録されており、不慣れな人やマシンスペックに不安がある人でも安心して使える仕様になっています。
AIR Studios Lyndhurst Hallの音
SSOをユニークたらしめている要素を2つに纏めると
- AIR Studios Lyndhurst Hallで収録されている
- Jake Jacksonが収録に携わっている
と言えるでしょう。Lyndhurst Hallは多くのハリウッド映画の録音で愛されてきた歴史と実績のあるスタジオで、Spitfire曰く地球上で最も美しい響きを得られる空間だそうです。
日本国内では物理的に録れない
このライブラリの最もありがたいポイントは「日本国土内においてこの規模のオーケストラをこれほど美しくレコーディング出来る空間がコンサートホール以外に存在しないこと」でしょう。日本で言うところの大型レコーディングスタジオはどれもオーケストラを録音するには小さいのです。
しかし、映画やゲーム等でLAやロンドンに比肩するスケール感のオーケストラのサウンドを求められることがあります。そのような時に無理に国内のスタジオでレコーディングしてもスケール感が不足するばかりか、なんとか大人数で弾いている迫力を出そうとディレクションも強めの演奏に偏っていき、結果としてより軽くて薄い音になってしまいます。
そんな場合は生演奏は人間味を加えるための要素と割り切り、こうしたライブラリで空間を作りにいった方が結果的に求めるサウンドに近づくのです。
Spitfire Audioだからこそこのクオリティになった
どんな素晴らしいスタジオや設備、機材があったとしても素晴らしい音楽を作るにはそれらを正しく使いこなす人間の存在が必要不可欠です。Lyndhurstでのレコーディングを熟知したエンジニアJake Jacksonがマイクを立てることによって、メディアミュージックで求められてきた音をそのままサンプリングすることが可能になったのです。
既にSSOを持っている方であれば、リバーブを全く足さなくても最初から非常に美しく自然な響きがサンプルの中に収録されていることをご存知だと思います。
では何故ここにきてProfessional版がリリースされたのでしょうか。これまでのSSOに足りなかったものとは何なのでしょうか。
Outriggerが肝
所謂オーソドックスで一般的なオーケストラのレコーディングにおけるメインのマイクロフォン構成は
- Spot (Close)
- Decca Tree (Tree)
- Wide (Outrigger)
- Surround (Ambience)
の4点です。つまり、従来のSSOにはWideの要素が欠落していました。そんなことが気にならないくらい完成度の高いライブラリだったことは間違い有りませんが、前後、上下の広がりは出せても左右の広がりの調整が効かないことがストレスだったユーザーもいるのではないでしょうか? Pro版はそんな人のニーズを満たすバージョンです。
デモトラック: 通常版の「CTA」のみと、プロフェッショナル版で使用可能なOutriggerを加えた「CTAO」の比較
Pro版ではこのCTAO Configuration(Close、Tree、Ambience、Outriggerの組み合わせ)のパッチの他に、例えばストリングスであればLeaderマイク(1st chairの奏者だけを狙ったマイク)やClose Ribbonマイク(Spotマイクがチューブコンデンサーマイクではなくリボンマイクに置き換えられたもの)、Galleryマイク(Lyndhurst Hallのギャラリーに立てられた最も響きの成分が多いマイク)等が追加されており、劇伴制作においてトラディショナルでない特殊な音像のオーケストラ、音響表現が可能になりました。Hans Zimmer Stringsや一部のAlbion等、特殊な表現に特化したライブラリとの親和性が高くなったということです。
実はBMLでサンプリング自体は完成していた
ではSSO Professionalは新規に収録されたサンプルでしょうか? そんなことは全くありません。SSOの収録時にPro版のサンプルも同時に収録されており、それらの編集にこれだけの時間を要したということでしょう。
ところで古くからのSSOユーザーであれば、SSO以前にBMLというラインがあったことを覚えてらっしゃると思います。例えば、その中のBML Muralという製品がSpitfre Symphonic Stringsの前身に、BML SableがSpitfire Chamber Stringsの前身にあたります。BMLの中で使われているサンプルはSSOの中で使われているサンプルと全く共通のもので、何ならMuralにはLeaderマイクやGalleryマイクの音が当時から収録されていました。しかし、明らかに使い勝手がその頃と比較して向上しています。
BMLの発売日が10年近く前であることを考えると、SSO Proのサンプルがそれ以上昔に収録されていたことになります。ある意味ではSSO ProがBMLのリイシューとも言えますが、このリリースによって次の2つのことが理解出来ます。
- サンプルライブラリのクオリティはスクリプトに依る部分が大きい
- 良いスクリプトを組むには際限ない時間がかかる
SSO Proは実は相当昔からSpitfire Audioのサイト上では予告されていたもので、元々この時期にリリースする予定だったのか昨今の情勢の中で本腰を入れて再編集する時間がとれたのかはわかりませんが、BBCSO以上の編成でBBCSOよりもハリウッド寄りな音を出せるSSOがついに完成したというニュースは、TV、映画、ゲームいずれの作曲家にとっても大きな朗報だと思います。
地味に嬉しい仕様
これは蛇足になりますが、SSO ProのライブラリはSSOとExpansionで完全にフォルダが分かれています。これはつまり、CTAのマイクとその他のマイクポジションを別々のストレージにインストール出来るということです。KONTAKTは賢いので同一パッチ内から異なるストレージに格納されているサンプルを参照することが出来、より高いパフォーマンスを期待することが出来ます。
2008年に株式会社カプコンに入社し、「戦国BASARA」シリーズや「ロックマンXover」の音楽制作を担当。2014年に同社を退社した後は「ストリートファイターV」の作曲を担当する等ゲームコンポーザーとしてグローバルに存在をアピール。WWise-201技能検定に合格し、インタラクティブミュージック制作にも精通。2015年アーケード音楽ゲーム「CHUNITHM」への楽曲での参加を皮切りに「GITADORA」「太鼓の達人」等にも楽曲を提供し、音楽ゲームの世界においてもテクニカルギタリストとしての立ち位置を確立する。また、TVアニメ「メイドインアビス」のOP主題歌の作曲を一部担当する等ゲーム以外のフィールドでの活動も広がりをみせる。 プロデューサーとして株式会社ViViXの前身となったギタリスト専門レーベルViViXを2004年に設立。2005年にギターインストの流布を目的とした「G5 Project」を開始。4thアルバム「G5 2013」ではオリコンCDアルバムデイリーチャート8位にランクイン。また、世界中の若手ギターヒーローを集結させたプロジェクト「G.O.D.」のプロデューサーも務める。
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