SONICWIRE

オーケストラなどの生楽器のアンサンブルで、ピアノが主役になれる音です。

Vienna Symphonic Library『SYNCHRON FAZIOLI F308』レビュー by 高尾奏之介

Vienna Symphonic Library社から発売されたグランドピアノ音源『SYNCHRON FAZIOLI F308』。308cmの奥行きを誇る巨大なボディが特徴の、FAZIOLI社「F308」をモデルとしています。

楽曲ジャンルによって使用する必要とされる音源も全く異なってくるピアノ音源。今回は本製品を、作編曲家として様々なアーティストへ楽曲提供を行う他、自身もピアニストとして数々の演奏を手掛けてきた“高尾奏之介”氏にお試しいただきました。

「制作」と「演奏」という多角的な観点から、本製品の特徴や効果的な使い方を解説いただきます。

はじめに

私は作曲・編曲と、ピアノ演奏(スタジオ録音・宅録・コンサート等演奏)の両方を仕事で行っております。

その視点から今回『SYNCHRON FAZIOLI F308』の音源を使用した感想などを書かせていただければと思います。

ピアノ音源全般について

昨今の商業系の作編曲においては、ピアノ音源のプラグインを第一段階として使用することが多く、そのまま本チャンで使用することも多々あります。そのような状況では、ピアノ音源は出音が全てと言っても良いということもあり、目指す曲のイメージに合わせてピアノ音源を使い分けることがほぼ必須のように感じます。

例えば、歌ものバンド系のバッキングのピアノだったり、クラシカルな劇伴系のピアノ、SE的に使われるプリペアド・ピアノや、アルペジエーター的に使われるピアノ等、ピアノの使い方も多数ありますので、目的ごとに最適なピアノ音源が変わってくると考えています。

ピアノ音源もかなりリアルなもの、そこそこリアルなもの、あまりリアルでないものと千差万別ですが、目的ごとに使い分けると良いです。ちなみに今回の音源はかなりリアルな部類に入ります。

ピアノ音源の使い分けについて

ピアノ音源の使い分けについてですが、マイキングの手法もジャンルによって異なるので向き不向きがあります。

歌ものバンド系であれば、広すぎない空間でのオンマイクの音色が混ぜられる音源だと良さそうです。劇伴系ではオンマイクに加えて広めの空間のDecca Treeやアンビエンスの音を収録している音源だと合うように感じます。

また、ピアノメーカーごとの特徴もありますが、同じメーカーであってもサイズ・機種・モデル等の違いで音色の方向性も異なりますので、メーカーのみではあまり判断できません。ヤマハを例に挙げると、コンサートサイズの世代違いであるCFXとCF3でも方向性は異なりますし、サイズの違うC7などでもまた違ってきます。ちなみにD-274で有名なスタインウェイ、こちらは一つのモデルのように見えますが、ニューヨーク製とハンブルグ製がありそれぞれ音色の方向性が異なったり、小さめモデルのB-211などもありますので、聴き比べると面白いです。

さらに個体差もあり、加えて先述のマイキングやマイクごとの音色による雰囲気の違い、収録スタジオやホールの広さによる音像の違いもあります。音源を選択する際は音を聴いて判断することが必要です。商業の作編曲を目的としてピアノ音源を選ぶ際には、まず音を確認した後、収録スタジオの広さと収録マイクのセッティングを確認、その次にメーカーや機種を確認、最後に音源としての性能や機能を確認するという順序で選ぶと良さそうに思います。

『SYNCHRON FAZIOLI F308』について

前置きが長くなりました。今回の製品『SYNCHRON FAZIOLI F308』に関して説明します。

「FAZIOLI(ファツィオリ)」というメーカーをはじめて耳にする人も多いかもしれません。1981年に誕生した比較的新しめのイタリアのピアノメーカーで、近年ではクラシック界隈でも人気のメーカーです。2021年に行われたショパン国際コンクールで第一位受賞者のBruce Liu氏が実際のステージでの演奏に使用したことでも有名です(ショパンコンクールでは出場者が各自使用するピアノメーカーを選ぶことができます)。

そんなFAZIOLIをViennaが「Synchron Pianos」シリーズのひとつとしてリリースしたわけですが、すでに同シリーズとして、スタインウェイ、ベーゼンドルファー、ヤマハやアップライトなど他にも多数リリースされていますので、音色の新キャラクターを提示するという方向性で発売されたと考えられます。

SYNCHRON FAZIOLI F308

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音源を使った印象

私が使った印象ですが、まず音色としてとてもリアルで、ピアノとしての存在感がしっかりあり、自己主張する音がします(「圧のある」ような音を出せます)。特に、動きのあるピアノ独奏で使うのがとても良いです。

また、オーケストラなど生楽器のアンサンブルの中に入ったとき、ピアノが主役になれる音です。音の発音がはっきりめで粒立ちの良い音なので、弱音で他の楽器と合わさったとしてもピアノの存在感が無くなることはなさそうです。強い音を出すとパンチのある特徴的な音がします。スタッカートで演奏するとさらに際立ちます。サスティン(ダンパー)ペダルのシミュレートもとても良いです。

音像・空間の印象としては、やはり広めの空間で収録したことを感じます。広いスタジオで収録するような劇伴系や、(バンドのライブではなく)クラシックのコンサートのような雰囲気が得意そうです。

音源としては音色がマイクごとに収録されておりセッティングを微調整することができますので、音色・音像づくりの幅は広めです。しかし広い空間が必要でないジャンル(ロック系バンドサウンドなど)にはあまり向かないという印象を持ちました。

エクステンデッド版に収録される「Tube」と「Ribbon」のマイクを使用することで、帯域としての中低域が豊かな響きを作れます。音色のあたたかさを増したりなど微調整できるので、個人的にはエクステンデッド版がおすすめです。

個人的に特に気に入ったプリセットは「Intimate Sur to Stereo」で、必要に応じて「Mid」や「Surround」などを足して調整すると良いと思いました。

エクステンデッド版の活用

▲クリックで拡大

エクステンデッド版では「Ribbon」「Tube」「Mid2」「Surround」「High」「High-Sur」のマイクが追加されます。

このうち「Ribbon」と「Tube」はオンマイクで収録されており、この2つを軸として使い、プラスで「Mid1」あるいはPanの幅を狭めた「Mid2」を少し加えることで、日本のスタジオで録音するような比較的広すぎない響きに近づけることができます(それでもF308の収録スタジオの広さに起因する少し長めの残響は含まれます)。このセッティングにすると歌もの、特にバラード曲などでも使用できそうな音色になりました(パキッとしたポップスやロック系などにはあまり向いていないです)。

スタンダード版の「Condenser」+「Mid1」でも割と似た感じの音は作れますが中域が薄めで音の重心が高い音色になってしまうので、歌もの曲で使用したい場合は、私の感覚だとエクステンデッド版がほぼ必須という印象です。

音源としての機能の活用

マイクごとの組み合わせを自由に設定できる他、「Body」および「Sympathetic」のパラメーターをいじることでピアノ内の共鳴の具合を調整することができます。

特にサスティン(ダンパー)ペダルを踏んだ際に効果を発揮します。デフォルトだと控えめな設定になっているので、少し足してあげるとリアルさがアップして良いです。

私の印象だと「Body」を15%、「Sympathetic」を3dbくらいの設定にすることで、実際にレコーディングしたピアノの音に近くなる感覚です。「Dynamic」の値も115ぐらいまで増やすと実際のピアノの音量感に近くなりました。

他の楽器や打ち込み音源などとの兼ね合いで強弱の音量差があまり必要ない場面では、「Dynamic」の値を少し下げる方向(85~95くらい)で調整すると曲中で使いやすくなります。

リアルということにメリット・デメリットがあるわけですが、一番のメリットは生のレコーディングの代替として使用できる可能性が高いことでしょうか。

ここでいうリアルであるという意味は、単音の音色が豊かであることのほか、表現力が高いという意味も含みます。表現力が高ければ高いほど、MIDIの打ち込み(あるいはリアルタイムでの演奏入力)をこだわるにつれてより細かい表現が可能になります。個人的にも、この音源を使う際は細かいところのニュアンスにもしっかりとこだわりたくなるような印象です。

一方デメリットとしては、打ち込みまたは演奏を細部にまで気を使う必要があることでしょうか(インプットの上手い下手が如実にアウトプットされてしまいます)。

また、個人的な使い方ですが、強い音を使わない、弱音がメインとなる曲にこの音源を使用する場合は、「MIDI Sensitivity」の値を少しだけマイナス方向に設定(-10くらい)するか、ベロシティカーブでベロシティ最大値でのダイナミクスを弱音方向に制限(ベロシティ最大値部分のダイナミクスを一段下げてffあたりに)することで鍵盤でのリアルタイム演奏入力時に弱音のニュアンスによりこだわることができます。鳴る音自体の幅は少なくなりますが、リアルタイムに行う鍵盤での細かいダイナミクスのコントロールがやりやすくなるので良いです。

向いている使い方と注意点

使い方としては、広めの空気感を活かせる場面にとても向いていると思います。まずピアノ独奏で使うのが非常におすすめです。

音源によっては表現力が足りないがゆえに独奏で使うのに向かないものもありますが、この音源は全く問題なく使用できます。

アコースティック系楽器との相性が良さそうなので、ピアノの存在感がほしいときの劇伴など、生楽器系とのアンサンブルでピアノをフィーチャーしたい場面にもとても良さそうです。

先述のエクステンデッド版を活用したセッティングを行うことで、ある程度、歌もの曲での使用にも堪えます。残響感はありますので、その音色を活かせるようなバラード曲などで使う場合には良さそうです。

逆に、加工が前提のピアノを求めている場合や、ドライな方向性のエレキギター系のバンドサウンドなどに入れる場合には向いていないと感じました。また、メゾフォルテ以上の大きさの音を出そうとすると音が若干硬めになり、良くも悪くも音色として際立つので、アンサンブル内でフォルテで使用する場合は他の楽器との相性が重要なポイントとなりそうです。

最後に

総評として、音源としての完成度がかなり高く、音色や音像が曲の方向性と合う際には是非使いたいという印象です。

エクステンデッド版を含めると約400GBと、私の知る限りピアノ音源としては最大の容量で、さらにCPU負荷も高めですが、その点を考慮しても是非使いたくなるような音源だと思いました。

SYNCHRON FAZIOLI F308

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高尾奏之介

作曲・編曲家/ピアニスト

幼少期よりクラシックピアノを学び、ピアノコンクールで全国一位など受賞多数。幼少より音楽分析、高校より作曲を学ぶ。作曲・編曲ではアーティスト、アニメ、ゲーム、舞台などへの楽曲提供を中心に、ピアニストとしてはアーティスト作品やTVドラマ、TVアニメ劇伴での演奏などで活動する。

楽曲提供アーティスト

水樹奈々、小倉唯、石原夏織、西山宏太朗、TVアニメ「ご注文はうさぎですか?」「冴えない彼女の育てかた♭」「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」、ゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」「プリンセスコネクト!Re:Dive」「アイドルマスターシャイニーカラーズ」「A3!」「IDOLY PRIDE」ほか

ピアノレコーディング参加

愛美、東山奈央、映画「トウキョウソナタ」、TVアニメ「EDENS ZERO」「ヤマノススメ」、TVドラマ「知らなくていいコト」、ゲーム「BanG Dream!(バンドリ)」ほか

Twitter

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